第4話 入学願書が出された

 お母さんの寿命を伸ばしてから、約二年後のある日のこと。

 お母さんは久しぶりに人間の姿になると、「ちょっと出かけてくる」といって山を降りてった。


 見送った後は、日課をこなすことにした。

 まずは空に向かって「速射竜閃光」を連射する。

「速射竜閃光」とは、竜の息吹の収束度を上げてビーム化したものである「竜閃光」を高速連射する技のことだ。


 これを連射する理由は、この魔法の一秒あたりの魔力消費量が、他のどの魔法よりも大きいから。

 総魔力量を伸ばすには、毎日たくさん魔力を使うことが肝心だ。

 でも魔力鍛錬のためだけに、多くの時間は割きたくない。

 だから、お母さんが知る限り全ての魔法を習得した後は、こうして最短時間で魔力を消費できる魔法で、鍛錬を済ませているのである。


 ちなみに「速射竜閃光」、お母さんには使えないらしい。

 普通の「竜閃光」は撃てるが、それを連射しようとなると、ドラゴンが扱える魔法陣の難易度を超えてしまうのだそうだ。

 名前に「竜」って入ってるのにドラゴンに使えない魔法ってなんだよ。


 残り魔力が一割を切ったあたりで、俺は今日の魔力鍛錬をやめ、洞窟に戻って読書を始めることにした。

 今日読むのは「応用魔素量子論」。

 もう古代語には慣れっこなのだが、内容が単純に難しいため、一日30ページくらいしか読み進められない。

 というか多分、一回読んだだけじゃ理解しきれないから、何回か読み返す必要がある気がする。


 今日は120ページからだ。

 俺は時間を忘れてこの本を読みふけった。



 ◇



 食う寝る魔法を放つ以外の時間は読書をする、そんな日々をおくっていたら、三日後にお母さんが帰ってきた。


 その手には書類の束が。


「おかえり。また何か読み物を買ってきてくれたの?」


「いや……ある意味読み物もなくはないが、メインは違う」


 古代の論文とか、そういった類のものを仕入れてきてくれたのかと思ったが、どうやら今回は違うようだ。


「じゃあ、それは何?」


「受験票だ。そろそろ社会にでる準備が必要だからな。ハダルにはこれから、学園に通ってもらう」


 お母さんはそう言って、俺に書類を手渡した。


 それを聞いて……俺はとうとうこの時が来てしまったか、と思った。

 学園なるものについては、お母さんからいろいろ聞いている。


 人間は大人になると社会に出て働く必要があるのだが、子供がある日突然社会に放り出されてやっていけるわけがない。

 そこで社会に出るための準備として、子供はある程度の年齢になると「学園」という場所に入り、勉強したり友達を作ったり、インターンという体験的な社会経験を得たりするのだそうだ。

 そして無事卒業資格を得られると、晴れて大人の社会人として働けるのだそう。


 しかし、学園ならどこでもいいのかというとそういうわけではない。

 将来良い労働環境で働こうと思ったら、レベルの高い学園に通った方が、圧倒的に有利になるのだそうだ。

 そんな事情があるからこそ、レベルの高い学園は志願倍率が高く、誰でも入れるわけではない。

 そこに入るためには、裏口入学ができる一部の貴族などを除けば、「受験」というものをして自分が他の志願者より優秀であることを示さないといけないのだとか。


 そしてその「受験」のための手続きを、お母さんはしに行ってくれていたというわけだ。


 などと考えていると、お母さんはこう付け加えた。


「これはゼルギウス王立魔法学園という学校の受験票だ。試験日は一か月後、当日は私が送り届けるから心の準備をしておくように」


 一か月後か、近いな。

 と思ったが、別に心の準備ならもうできている。

 というのも、お母さんからは「12才になったら学園に通わす」ということはさんざん聞かされてきたのだ。


 ついにこの時が来たか、くらいの感想しか浮かばない。


 しかし……一つ疑問は思い浮かぶ。


「受験勉強はしなくていいの?」


 お母さん曰く、レベルの高い学園を志す者は、熾烈な受験競争に勝ち抜くために受験勉強をしまくるとのことだったはずだ。

 普通の勉強に加えて、受験の一年前くらいからは、志望校の問題に特化した対策を始めるものだと。


 それなのに……もう一か月前って、短くないか?


「確かに、受験産業ではそういうのが一般的だって話は、どこかでした気がしなくもないな。だが実際はな、圧倒的に基礎が出来上がっていれば何とかなるものよ。まあそういう人間は少数ではあるが……ハダルはその類だと、我は確信しておるぞ」


 ……あー、最も発揮してほしくないところで親バカが出ちゃったぞお母さん……。


 あるいはなんだ、浪人を軽く考えているのか。

 ドラゴンという長寿の生き物ゆえに、その辺の感覚が人間とズレていてもおかしくはないのがな……。


「とはいえ、全く問題に触れないのも不安じゃろうからな。模擬問題集は買ってきてやったぞ」


 しかし流石に一か月前となると、お母さんもそういうものは用意してくれたようだ。


「よかった、ありがとう」


 愚痴を言っても、過去には戻れないのだ。

 いやある程度の範囲の空間の時間遡行くらいはできなくはないが、世界全体で年単位となると流石にお手上げだ。

 今からでもやれることをやるしかないな。


 自室に戻ると、早速俺は模擬問題集に目を通し始めた。

 ……大陸共通語で書かれた本、何気に初めて読むな。

 だが言語の慣れの差を差っ引いても、「応用魔素量子論」に比べれば段違いに簡単だ。


 これなら一か月もあれば十周はできそうだ。

 などと若干の希望を取り戻しつつ、俺はパラパラと問題集を解き進めていった。

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