山に捨てられた俺、トカゲの養子になる 〜魔法を極めて親を超えたけど、親が伝説の古竜だったなんて知らない〜

可換 環

第0話 古竜、捨てられた赤子を拾う

 あらゆるドラゴンの中でもずば抜けて高い魔力量を誇り、幾千年もの間世界最強の称号をほしいままにしていた生物、「古竜」。

 そんな古竜が、長い間忘れていた「恐怖」という感情を思い出したのは――たった一人の、山のふもとに捨てられた赤子を目にした時だった。


(な……なんだこの赤子は!?)


 齢1才にも満たないであろうその赤子の魔力は、既に古竜の総魔力量の半分にすら達している。

 これは平均的な成竜の30倍にもなる量だ。

 とはいえ、これだけならまだ、古竜とてそこまで大きな脅威とは感じなかったことであろう。

 もっと大きな問題は……この赤子が竜ではなく、人間の赤子であるという点だった。


 ドラゴンと人間は、魔法の扱いにおいて対極に位置するような存在だ。

 ドラゴンが魔力の「量」で抜きん出た生き物なのに対し、人間は魔法の「質」でそれに対抗してきた存在。

 魔力量は平均でドラゴンの1000分の1くらいながらも、人間はドラゴンには到底扱えないような高度な魔法を使いこなすことで、時にはドラゴンを討伐することすら成し遂げてきた。

 大昔には、ドラゴンの得意技である「竜の息吹」の術式をジャックする魔法使いが現れ、たった一人にドラゴンの数を半分近くまで減らされたことすらあったか。

 そんな経緯から、人間は他の下等生物どもとは違い、ドラゴンからも一目置かれる生き物となっていた。


 ここまで言えば、もうお分かりだろう。

 人間の赤子がドラゴンの平均を凌駕する魔力量を持つということが、何を意味するか。


 そう。もしこの赤子が将来、人間の魔法を使いこなせるようになれば……「人間特有の超高度な魔法を、竜並みの魔力に物を言わせて際限なく連発できる」という反則的な生き物が出来上がってしまうのだ。

 それを直感した古竜は、これまでに感じたことのない畏怖を感じてしまったというわけである。

 もし古竜に人間と同じく汗腺があったら、今頃ドッと冷や汗をかいていることだろう。


(災いの芽は、早く摘まねば……)


 本能的な危機感から、古竜は爪を振りかぶるために前足を上げる。

 いくらとんでもないポテンシャルを持った赤子とはいえ、魔法を一つも覚えていない今の状態ならどうということはない。

 これは古竜にとって、将来の脅威を取り除く最初で最後のチャンスなのだ。

 そんな状況を古竜が逃すまいとするのは、自然なことだった。


 ――しかし。

 爪を振り下ろす直前。古竜はふと考えを改め、その動きを止めた。


(いや……むしろコイツは育ててみよう)


 そんなふうに、古竜は発想を180度転換させたのだ。


 理由は二つ。

 一つ目は、これだけの力を持つ者を味方につけることができれば、非常に心強いからだ。

 敵になると脅威・絶望であるということは、裏を返せば、味方でいてくれると絶大な安心感をもたらしてくれるということ。


 人間はあらゆる生物の中でも特に、親を尊ぶ習性を強く持つ生き物である。

 その人間の赤子を、我が子のように育てれば……とてつもなく優秀な味方ができる可能性があると考えたわけである。


 そしてもう一つの理由は、古竜の寿命が迫っているというものだ。

 古竜の体感だと、余命はあと500年。

 これは人間で換算すると5年にも満たないような期間だ。


 当然古竜は、より長く生きることを目指して、寿命を伸ばせる魔法を開発しようと努力を重ねてきた。

 というかここ数百年は、ほぼほぼその魔法の開発だけに時間を費やしていた。

 結果、そのような魔法を作り出すことはできたのだが……その魔法には一つ、重大な欠陥があった。

 それは、「誰にも扱えない魔法である」という点だ。


 人間が扱うには必要魔力量が多すぎるし、竜が使うには要求される魔法制御の水準が高すぎる。

 理論上は存在しても、実際にその魔法を発動することは、自身を含め誰にもできなかったのだ。


 魔法を完成させてからは、どうにかして必要魔力量を削ったり、魔法の術式を簡素化したりできないかと試行錯誤していたが……そんな最中に出会ったのが、この最強の赤子だったのである。


 この子を育てて魔法を覚えさせれば、今まで悩みの種だったジレンマは一発で解決だ。

 人間由来の高度な魔法制御と竜レベルの魔力で、この子はいとも簡単に寿命延長魔法を発動し、古竜を延命してくれることだろう。

 その期待も込めて、古竜はこの恐ろしいポテンシャルの持ち主を、育てる方針に決めたのである。


 寿命が迫っているということは、言い換えればこの赤子に裏切られて殺されても失う余命はせいぜい500年だということでもある。

 つまり「この子を育成する」という選択は、古竜にとってローリスクハイリターンであるというわけだ。


 方針を固めた古竜は、とりあえずまず赤子の名前を確認することにした。


(この子の名前は……ハダルか)


 幸いにも服の裾の裏に名前が書いてあったので、古竜はすぐに名前を見つけることができた。


(よろしくな……ハダル)


 心の中でそう言いつつ、古竜は赤子に浮遊魔法をかける。


(我の寿命を延長してもらった後は……まあ適当に学園にでも入学させて、人間社会に放り込めばいいか。幸いかつて我は人間界観察が趣味だった時期があって、人間社会の処世術はある程度心得ておるし)


 山奥の住処まで赤子を連れ帰る中、古竜は既に赤子の将来を考え始めていた。

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