魔力ゼロのせいで無価値だと里から捨てられたエルフは、有り余る寿命を鍛練に注ぎ込み、最強の肉体を手に入れた

黄舞@9/5新作発売

第1話【無価値の無駄な荷物はここに置いていく】

「……ということだ。ルシア。我々はこの森を去り、安全な地へと移らねばならない。ただし、お前は連れていかない。訳は言わなくても分かるな?」


 長髪の銀髪、整った色白で細面の顔、尖った長耳。

 よく見知ったはずのその顔は、何故か全く知らない別人のように見えた。

 目だ。灰色のその瞳が向ける視線が、あまりにも冷たく、空虚に感じたから。


 族長であり、実の父親でもあるメルフィムの言葉に、その視線に、私は心底驚いた顔をしていたに違いない。

 それほどまでに、私は自分の身体の芯が、凍てつくほど冷えているのを感じていた。


 私たち森の民エルフが住まう大森林ガーフェルト。

 何千年前からここ住んでいたか、最近産まれたばかりの私には知る由もないけれど、そんな長い間生きてきた土地を手放し、新天地へと移動するには訳がある。


 扉が開き、慌てた様子で一人の男が入ってきた。

 父メルフィムの右腕とも言うべき男、サイラスだった。


「メルフィム様! 偵察に行った者から、すでに瘴気しょうきはガーフェルトの西半分を覆い尽くしていたようです!」

「うむ……予想より早いな。準備は?」

「はい! すでに他の者も物資も用意を終えております!」

「では、今すぐ出発を。まだお前のところのに幼子おさなごがおっただろう。大人だけより移動に時間がかかる」

「は! では、メルフィム様もルシア様もご準備を!」


 サイラスがそう言いながら、私に近付いてくる。

 しかしメルフィムはサイラスの動きを制した。


「そやつはいらん。このままここに置いていく。もう話も済んでいる。ただでさえ長旅になるのだ。は少ない方がいい」

「なるほど……メルフィム様がそう仰るなら。ふぅ……正直こんな魔力ゼロの無能が、我が子と一緒に遊んでいるのも内心イライラしていたのだ」


 そう言いながら、サイラスは今まで私に向けたことのない、ゴミを見るような目つきで私を一瞥した。

 エルフの村では、年齢ではなく、その身に宿す魔力の量が地位を決める。


 魔力の量は生まれ持った資質で決まり、一定の期間は成長に伴い増えていくが、資質を超えて増えることは決してない。

 これは気が遠くなるようなほど長い年月をかけて、先人たちが確認した純然たる事実だ。


 エルフは魔法に長け、生活のほとんどを魔法によって成り立たせていると言っても過言ではない。

 その源である魔力が大きいものが高い地位を得ると言うのは、至極真っ当なことだろう。


 そして……

 そのことは魔力の資質を全く持たない私にとっては、残酷極まりないしきたりだった。


「永劫とも言える人生において戯れに、それぞれ子をなしてみたものの。まさかこんな出来損ないが私の元に生まれるとは思ってもみなかった。我が人生において、唯一の汚点とも言えよう」

「心中お察しします。最愛の伴侶ルビス様がお亡くなりになり、なぜこの様な無能が世に生まれてきたのか。この時ばかりは森神様のご神意を測りかねました」

「まぁ、過ぎたことだ。それに、代わりと言ってはなんだが、お前の息子の魔力は素晴らしい。間違いなく私の次の族長はお前の息子になるだろう」

「もったいなきお言葉。それでは、これ以上長居も必要ないとあれば。さっそく移動を」


 サイラスの言葉でメルフィムは新天地への移動を始める合図を村中に送った。

 村のエルフたちは、誰一人私に気をかけることなく、慌ただしく村から出ていく。

 私はまるで置物かのようにそれを静かに眺めていた。


 いや、私は置物などといった洒落たものですらないのだろう。

 村のみんなが去った後、何気なくそれぞれの家々を巡ってみたが、備え付けの動かせない物以外はほとんど何も無くなっていた。


 つまり、私はこの村にあった何よりもな存在だったということなのだろう。

 族長の娘ということで、今までは直接何か言われたことはこれまでなかったが、先ほどのサイラスの言葉が全てを物語っていた。


 私のこの村にあった唯一の価値は、最大の魔力を持つ族長のであったこと。

 父親メルフィムが私を手放したことにより、その価値すら無くなったというわけだ。


 あまりの事実に打ちのめされ、私は何もする気力もなくなり、床の上に無造作に身体を投げ捨て、ただただ時間が過ぎていくのを待った。


 どのくらいそうしていただろうか。

 意識していなかったので、日が変わったのかすら記憶にない。


 ただ、ひたすらに頭の中を駆け巡る思考。

 それはお腹が空いた、ということだった。


「このまま干からびて死ぬのもだし、生きれるだけ生きてみるか……母さんの遺言もあるしね」


 不幸にも私を産んだことが原因で亡くなった母親ルビスは、死ぬ間際に自分の分まで私に健やかに生きてほしいと言っていたらしい。

 とにかく、無為に干からびて死んでしまっては、命を賭して産んでくれた母親に申し訳が立たないというもの。


 思い立ったらすぐに行動をするのが吉だ。

 私はその場に勢いよく立ち上がり、何か口にできるものがないか、村中を探してみることにした。


「案の定というか……なんもないわね。しょうがない。狩りに行くしかないか」


 私は自室に戻って、一本の長めの木でできた棒を持ち出すと、村を出て森の動物の狩りを始めた。

 エルフの狩りは魔法によるものだが、魔力が無く魔法が一切使えない私は、獲物を脚で追いかけ、直接この棒で殴るしかない。


 初めは一匹も狩れない日々が続いたが、毎日がむしゃらにやっていれば、そのうち身体も慣れる。

 自分の腹を満たすための獲物を狩るくらいは問題なくできるようになっていた。


「よーし。ひとまずむしゃくしゃした気分をスッキリさせるために、今日は疲れるまで狩りを続けるわよ!」


 こうして、無価値だと捨てられた私は、瘴気が迫り来る森の中、一人生き抜くことを決めた。

 初めは森に住む動物たちは、よく見知ったものばかりで、大型の獣さえ気を付けれていれば問題はなかった。


 ところが、私が狩り過ぎたわけでもないのに、いつからか小型の動物たちの姿は消えた。

 代わりに見たことがない生き物たちが次第に増え始める。


 異形ともいえるその生き物たちは、大小様々で、小型でも元々森に生息していた大型獣を用意に殺すほどのさを持っていた。

 異変に気付いた当初は、危うく殺されかける場面にも遭遇したほどだ。


 簡単に狩れる獲物が減って、森の危険が増えてきたこともあり、私はある時から訓練を日課にしていた。

 魔法が一切使えないため、できることといえば、肉体を鍛えることだけだけど。


 その甲斐あって徐々に危険を感じる森の生き物が減っていき、今では私を見るとほとんどの生き物が逃げ出す。

 それを追いかけ、手にした棒で叩いて狩る。


 遠い昔にしていた狩りのスタイルに、ようやく戻れたってわけ。

 そうなってからも私は森を出ることなく、誰と会うこともなく、一人で暮らしていた。


 自分は森の外のことを知らないし、森での暮らし以外に意識が向くことがなかったのが理由。

 ところが、私以外のエルフが森を捨て、ちょうどが経った日のこと。


 私の人生に大きな変化が訪れた。


「きゃあああああ!! 助けてー!!」


 いつものように森で狩りをしている最中に、一人になって以来初めての人の声が聞こえたのだ。

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