第十章:極彩色の謀略
10-1:極彩色の謀略(1)
*
「話したいことは山ほどあるが、どうする?」
新宿の外れにある廃ビルで、大きなスクリーンを取り囲んで全員が座っている。その中央にあるマップを見ながら浅黄が真琴に問いかけた。
真琴が「まずはシステムで分かっていることを話し合いましょうか」と提案した。
「じゃあ、俺の方から仕切ろうかな」
「お願いします」
浅黄はコーヒーを一口飲むと話し始めた。
「あそこの世界は制限が多すぎる。あの中で情報収集できないような微妙な時間制限がかかってるのが上手い作りだ。レベルに応じてノルマとなるマリスのレベルが上げられてマッチングしているのも、AIでこっちのステータスを把握しているから。自動で相手レベルが上がってく感じだね」
「相手になるマリスが、完全にバディに割り当てられてる感じですもんね」
「まあ、ノルマ以外のマリスに会った場合は難しいけど、ノルマ以外は実際は小物ばかりだし危険がある感じじゃない」
確かにそうだな、と真琴は探索していた時のことを思い出した。
「逆にいえば、勝てないマリスは当てられねえ。こっちの命の危険については、そのリスクヘッジがされてるってことだな。けど、黒家の嬢ちゃんみたいな天才的なカスタムをされると調整がAIの上をいっちまう。そんで大毅たちのところは巻き添え食って、えらい目にあったけどなー」
黄宮が補足して話すと、あ、と浅黄は思い出したように残りの二人のことを聞いた。
「そういえば大毅くんのところは?」
「あ。なんか連絡つかなくて、結局拾ってこなかったわ」
「地図は俺が送っておいたけど、ここの場所分かるかな? ……まあいいや。大毅くんたちには後で説明しよう。竜也くんのお父さんの手帳の件も掻い摘んで送っておいた」
そう言うと、さっきコレも見たよ、と浅黄は近くにあった手帳のコピーを、部屋の真ん中にあるローテーブルに置いた。
「君たちが来る前に竜也くんのお父さんの手記のことは改めて聞いた。この前、俺は仁美さんからも教えてもらったしね」
「オレも一応理解済っても、バカだから全部分かってるかは不明だけどー」
「あ。俺も原本を持ってきていて……緑川さん、お返しします」
「……」
真琴は緑川に手帳を渡したが、緑川は無言でそれを受け取っただけだった。まだ森崎のことで気持ちの整理がついていないのはよく分かった。
続けようか、と浅黄はマップを見ながら、それを解説する。
「マリスの発生場所とMWポイントの大きさを点で示してる。当然だけどマリスの発生位置はプレイヤーの送還場所に紐付けられてる。新宿・池袋・渋谷を中心に西側に寄ってるが、もちろん海側にもそこそこの数がいる。小物だけどね」
「けど、前に大毅たちも言ってたが、官庁近辺には発生しねえんだよなー。市ヶ谷あたりと霞ヶ関なんか真っ黒だ。都庁あたりはうじゃうじゃいるけどさ。で、主要メンバーの活動場所を合わせたのがコレ」
黄宮がそう言うと、マップの上に各バディの活動範囲が示された。
「うわ、黒家さんとこ、やば」
「細かいマリスが多いけど、広さがすごいからな。総量ダントツ」
仁美の漏らした本音に黄宮が軽く返す。本題はそこじゃねえんだけど、と黄宮が続けた。
「んーで。拓人が黒家から聞いた「マリスではないキメラ」ってのが発生してる場所を以降、オレらは探索してた。発生頻度が超レア。大毅が戻ってきてからは、あいつにも都度全域サーチ頼んだけど、そんなに数はない。黒家が前に見かけたってところも含めて数件だ」
地図上にいくつかの大きな青い点が出現した。大きさがMWポイントということは、いつものマリスよりも段違いのレベルということだ。
「発生場所はバラついてる……」
「そう。でも、海側にはいない。あと、気になってるのはここの三件。発生してしばらくしたら消滅した」
地図上に重なる大きな青い点の位置を見て、真琴はハッとした。
「市ヶ谷……」
「そう。防衛省だ」
赤い点であるマリスは全く発生していないのに、青い点で示された「マリスではないキメラ」が発生している。お膝下で何かをトライアルしているのか? と真琴は考えた。マップ上、一番巨大な青い点は先日の場所、スカイツリーを示していた。
「あとはこの前……森崎さんを襲ったキメラのことだが」
その言葉に、真琴は目の前に座っている緑川の様子を窺った。それに浅黄も気づいて、少し言葉を選んでいるようだ。
「竜也くん、すまない。外すか?」
「いえ、平気です。続けてください」
そう話した緑川だったが、体が拒否しているのだろう。まだ細かく震えている指先を隣にいる操もじっと見つめていた。浅黄は少し黙って、本人たちがいないところでなんだけど、と少し話題を変えた。
「大毅くんたちも、キメラに殺された親友の仇を追ってミラーワールドに入ってる」
「あ……それは俺も聞きました」
「親友が亡くなった時、青い炎に包まれた龍のようなキメラを見たそうだ。あと、彼らには話していないけど……俺がプロトタイプのミラーワールドで見た形状にも似ていた。その……葵ちゃんを襲った奴ほどでかくはなかったが。龍のような麒麟のような」
浅黄が自分の昔の話をしようとした時に、階段の方から足音がした。
「っ、話してないってのはどういうことですか! さっきのファイルも、なんだあれは!」
水谷と紺屋が制服のままフロアに上がってくる。まあまあ落ち着けよ、と黄宮がそれを制すると、いつもとは逆で落ち着いている紺屋の方が水谷を抑えて座らせた。水谷はしばらく黙っていたが、大きな息を吐いて、悪い、と紺屋の手を払う。
「……すみません。カッとなりました」
「いや、俺が一人で色々考えてたのが悪かった。もっと早くに共有すべきだったよね」
どうする? と言った浅黄の視線に、真琴は少し考えた。
「システムと現状は整理できたので、皆さんのミラーワールドに入った目的を聞きたいです。俺と仁美さんは強制参加ですが、他の皆さんは目的を持ってここに参加してるんじゃないかと思っていて……まずそこから知りたい」
そう言うと、しばらくの沈黙のあと、操が「じゃあ、私から話します」と話し出した。ああ、そうだ、と浅黄が疑問に思っていたことを口にした。
「操くん、君も前から「青い炎を出すキメラ」を探してると言ってたよね? 大毅くんたちと同じように現実世界で何か見たとか……?」
「ええ。実は……静香が夢に見たそうです。青い炎を出す怪物がその……両親を食っている、と。実は静香は胎児の時から記憶があります。そこで記憶と夢を混乱することも多くて、ずっと引っかかっていたんです」
そこまで言ってから、操は隣の緑川の様子を少し気遣う。しかし、緑川は平気です、と力なく応えた。そして操は話を続けた。
「この前、竜也くんには話しましたが、うちの死んだ姉夫婦は遺伝子研究をしてまして……キメラ開発をしていた可能性が高い。まだ確認できていないファイルもありますが、竜也くんのお父様の手記にあった「織原」の承認のもと、研究を進めているファイルを見つけました。そこにはミラーワールドにいる初期キメラ、単純な猿型とか鳥型のマリスのプロトタイプがあった。あとは霊獣の元になりそうな構想図も」
そう言うと、操は自分のスマホから浅黄にファイルを送った。そのファイルを浅黄はスクリーンに映し出す。そこには確かにミラーワールド内でよく見かけるマリスの資料があった。
「うちの姉は研究が好きで、職場復帰後もよく静香を自分の職場に連れて行っていました。それこそ義兄も同じ研究をしていたので、静香は彼女たちの研究内容を見ていたんじゃないかなとも思っています。竜也くんが織原を調べている時にうちの事故を知り、私に接触してきました。そこですでに掴んでいたミラーワールドのことを教えてくれたので、姪と私は「キメラ」がなんなのかを知りたくてミラーワールドに参加したんです」
操の話の後、紺屋が、じゃあ次はオレらだなと話し始めた。
「オレらはさっき情報屋が言った通り。幼馴染の蒼井武って奴が、その……一家心中で死んだ。その火事の最中、オレと大毅は青い炎を出すキメラを見てる。そのあと、なんやかんやで大毅がミラーワールドと都市伝説のことを知ってさ。半信半疑だったけど、参加するために狙って殿堂入りしたってわけ」
「じゃあ、次は俺から話そうか。俺と赤西さんの母親との話」
そう言うと浅黄は警視庁時代のことを簡単に話した。真琴は仁美伝手で話を聞いていたが、浅黄の話を初めて聞いただろう緑川が、なるほどと納得したような気配を見せた。
「しかし、当時の資料は警察庁側にはなかったが……」
「管轄が東京側だからな。それにプロジェクト自体は防衛省が管理だ」
「縦割りだからな……そこは情報をうまく取れない」
続いて緑川が前よりは力のない声で自分の話をした。先に浅黄から送られている手帳の中身については全員が把握していたが、その記者であった父親が不自然な事故死をしたこと、そして、警察庁側でミラーワールドの構想を知り、より詳細を知るために中に入り込んだこと。織原を調べているうちに黒家の姉夫婦の事故を不審に思い、操に接触したことが明かされた。
そして手帳に書かれていた「紅林」の文字から、真琴が自分の父との関わり、そして、この前白石と話した内容を全員に告げた。
「俺の父は家族や身近な人っていうのに興味がないんです。多くのためなら多少の犠牲はという考えで、それがきっと彼の正義なんだと思います。あと、家に父の物はほとんど残ってないんですが、海外赴任時に母宛に送られた写真が一枚ありました。浅黄さんに今送ります」
浅黄に送った写真がスクリーンに映し出される。そこには若い頃の白石ともう数名の男性が写っていた。一番端にいるのが父です、と白髪に赤い目をした男を紹介する。その隣にいる国籍不明のピアスだらけの白衣の男、それが織原だと思うと告げた。
「もう十五年以上前の写真ですが、母に聞きました。海外赴任時からの知り合いだそうで、父の口利きで帰国後に政府系の研究機関に勤めていたはずだって」
その姿を見て、ん? と操が目を細める。
「姉夫婦の葬式の時にいましたね。その時は関係者が多くて、私は喪主でしたから受付していなかったのですが、目立つ外見でしたし……目が珍しい色だったのでこの顔は覚えています。多分、うちの姉夫婦の所属していた政府系研究機関じゃないでしょうか。あそこも表からはダミーで隠されているので」
これで目的と知っている情報はだいたい揃った。もう少し深く掘りたいな、と真琴が思った時、あのさあ、と紺屋が口を出す。
「オレ、バカだから全然わかんねーんだけど、整理してくんね? バラバラすぎて頭パンクしそう」
「俺も理解するために整理していきますね。まず、時系列かな……キメラの発生についてまとめましょうか」
そう言って真琴は、ううん、と少し考えてから浅黄に問いかけた。
「浅黄さんの話によると、最初のそのミラーワールドって何年前でしたっけ?」
「十年以上前だな。俺が新卒で少し経った頃だから」
「え?」
「なに?」
「いや、年齢が……と思って」
改めて考えて新卒が十年以上前ということは、と浅黄の年齢に疑問を持ったが、その美形は気にせず笑う。
「まあ、その話は今はいいとして」
「肌が綺麗で腹立つわね……」
「そこ!?」
浅黄と仁美のやりとりを真琴は制して、話を整理することにした。
「十年前、浅黄さんと赤西ハルカさんがプロトタイプのミラーワールドで犯罪未然防止のための活動をしていた頃、なんらかのトラブル、システムバグにより、巨大キメラ(仮称)が発生。これは当時の仮想世界の方ですよね?」
「そうだな。結局俺は戦わず、通信が繋がった瞬間に元の世界に二人ともドロップアウトできた」
「そして私の母の遺体はこちらに戻ってきたというわけね」
「ええ」
「そして、水谷くんたちの幼馴染がなんらかの事故・事件にあったとされる……その時にも同様の巨大キメラがいたものと推測。これは現実世界の話だったよね? いつの話?」
「三年ぐらい前だな。俺たちがミラーワールドで討伐していたマリスとは桁違いにでかい奴だった。その……この前映像で見た奴に近い。まあ、あそこまででかくはなかったけど」
三年前、と真琴は自分の持っているスマホにメモを取っていく。ボード使う? と渡されたタッチペンで浅黄のタブレットに書き込んでいった。
「緑川さんのお父さんの事故は?」
「十年前。赤西ハルカさんの事故の半年後ぐらいじゃないかと思う」
「キメラ開発には、手記にある織原と黒家さんの所のお姉さん夫婦が開発に関わっていた可能性が高い……その事故の方は?」
「ええ。姉たちの事故は三年前ですね。あとはロックがかかったままのタブレットが一台あります。そっちには何か残っているんじゃないかと」
「タブレット? それはまだ解読してないんですか?」
「業者に持ち込んだんですが、その場では無理で。結構時間がかかるようです。いくつかの業者を試したんですがダメでした。中身が中身なので預けるのも怖かったので……」
そういって操は一台のタブレットを取り出した。それに水谷が手をあげる。
「俺がしましょうか? 今日、マシンもあるので、こっちでやってみますよ」
そういった水谷はカバンから薄いノートパソコンを出して操のタブレットを預かった。
「そっちで話を続けててください。あと所属していた組織やお姉さんの個人情報が分かるものがあれば、より助かりますが」
「とりあえず姉の当時の名刺が……あった。プロフィールはすぐファイルで送ります」
「お借りしますね」
水谷が作業を始めるのを見ながら、真琴はその時系列をじっと眺めていた。
「浅黄さんが一番最初に今のミラーワールドに参加してますよね。VR版の開始とあの仮想世界の構築時期ってわかりますか?」
「本格起動されたのは三年前じゃないか?」
「あー、多分そんなもん。オレ、無理矢理オマエに引っ張られてったもん」
浅黄と黄宮が話している内容に、三年前の箇所に追記をする。
「今のミラーワールドに、マリス以外のキメラが発生し始めたのは正確には分からないですよね……」
「そうだね。操さんが気づいたのが最初だとは思えないし」
「私もMWポイントの履歴を確認していて、いきなりポイントが増えたことに驚いてチェックして気づいたんですよね。プレイヤーに気づかれないところではずっと存在していた可能性もあります」
操の言葉に、真琴はスクリーンをもう一度マップ画面に戻す。市ヶ谷で光る青い点に「実験、ですかね」と言葉が漏れた。黄宮がじっとその点を見つめる。
「ミラーワールドの中でまだ何かキメラ実験を試してるってことか」
「けど、オレたちが見たのは現実世界の方だぜ?」
「……静香の夢が現実世界との混同であれば、それも現実側、ですね」
紺屋と操の言葉に、うん、と唸っていると、テーブルの端でノートパソコンを触っていた水谷が「ファイル開けそうですよ」とあっさり告げた。
「!? まじ? オマエすごくない?」
「丞、うるさい。触るな。モニターに繋げますね」
そう言って水谷はスクリーンにその画面を映し出した。タブレットの中のファイルが開かれていく。それに目を細め、水谷はいくつかのファイルをピックアップして中身を開いた。
「ビンゴですね。間違いなくキメラ研究開発の詳細ファイル……いえ、待ってください。ここに何かある」
「?」
「これは文書……ですね。日付は三年前かな」
「この日付は……! 姉たちの事故の直前です」
操の承認のもと、それを開いてその場にいた全員は一瞬絶句した。一番最初に口を開いたのは真琴であった。
「……告発文だ」
それは黒家夫妻が、メディアに向けて用意していたと思われる告発の文章だった。
仮想世界の構築とそれによる現実世界からの感情エネルギーの排出と蓄積、そして、それの国防への活用。核以外の軍事力開発のために、生物型兵器の開発をしているというのが大まかな内容であった。それは今までの仮説の一部と一致していた。
しかし、その下に今までの議論の回答が明記されてあった。
数年前から防衛省主導の下、警視庁の一部捜査員協力により、仮想世界構築のトライアルを行っていたこと。その際に捜査員一名が仮想世界内のシステムバグで死亡……とされているが、真実は当時構想中であった「兵器用キメラ」の実験失敗によるものだったということ。
さらにその実験の首謀者である織原が、感情エネルギーの再合成によるキメラ動物実体化だけではなく、現実世界の人間との強制合成実験を行っていたこと。
その被験体の一人である蒼井晴人が、現実世界にて巨大キメラ化して暴走、死亡したことを受け、この内部告発を決意した旨が書かれてあった。
「……これが、全て」
思わずそう呟いた真琴に視線が集まる。父に対する批判ではない。浅黄が静かに問いかけた。
「真琴くん、君はどうしたい?」
その問いかけに真琴はゆっくりと深呼吸をして答えた。
「多分、もうここにいる皆さんと気持ちは同じはずです。俺はあの世界を壊したい。父が信じているものは間違ってる、と思います」
だから、と真琴は続けた。全員の力を借りたいと思っています、その声は無機質なフロアに静かに響いた。
自分たちは生きたい。
あの世界ではなく、こちら側の世界で前を向いて。
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