4-2:情報交換



 三人はその後、近くのカフェの四人席に落ち着くことにした。キーパーの方はシザーが真琴に話しかけるのに最初はいい顔をしなかった。しかし、真琴が少し話したいと告げたことで、その表情に気圧されたのか、どこかに入りましょう、と承諾してくれたのだ。

 狭めの四人席で真琴は二人に向かい合う。キーパーと真琴はアイスコーヒー、シザーはコーラフロートを頼んでいた。噂には聞いていたが、シザーの方の怪我はかなり酷そうだった。その真琴の視線に気づいたのか、相手は「見た目ほどひどくねえよ」と楽しそうに笑う。それをキーパーが制した。

 黒髪で眼鏡をかけたキーパーの方は有名な進学校の制服をきっちりと着こなしている。金髪でどう見てもヤンキーなシザーと並ぶと、えらくチグハグな印象を受けた。彼は眼鏡の位置を少し直すと、その切れ長の瞳で真琴をじっと見つめた。

「改めて自己紹介しておきます。俺は水谷大毅、こっちのバカは紺屋丞」

「おい、バカはいらねえだろ」

「あ。はい。俺は紅林真琴です。よろしくお願いします」

 改めて軽く会釈すると、ギプスで動きにくそうな紺屋の方が、ハッと鼻で笑った。

「オレら、コイツの「目」でそっちの個人ステータスは分かるから、名前はもう知ってるぜ。真琴」

「え?」

「おい、バラすな」

「いいだろ。もうこっちの世界で出会っちまったんだ。個人情報はお互いに握りあっておかねえとフェアじゃねえ」

 放っておくとすぐに喧嘩でも始めそうな二人の雰囲気に戸惑う。真琴は話の糸口を探した。あまり自分から会話を振るのは得意ではない。ましてや年下である。しかし、ミラーワールドにも入れない今、ここで向こうを知っている人に会えたのは何かの縁であるとも思うし、少しでも情報が欲しかった。

「水谷くんと紺屋くんもあそこの病院に?」

「俺は軽い怪我だったんですぐ終わったけど、こいつが結構ひどくて。リハビリの通院をしているから付き添いですよ」

「へえ。仲いいんだね」

「「は?」」

「……なんでもないです」

 ヤンキーと優等生とはいえ、どちらも迫力のある目つきである。その二人からの睨みに真琴は少し萎縮した。水谷はアイスコーヒーを飲みながら、少し姿勢を崩して、紺屋の方にだるそうに親指を立てた。

「丞の怪我が治らないと、ミラーワールドに入れないんですよ。怪我の具合で強制的に排出されちまう。また双方戦闘可能にならないと向こうには戻れないんでね」

「そういうところはシステムが判断してるんだ……」

「まあ、死なない程度に、だとは思う。よくわかんねえけど。ってか、この前の死神の武器は、まーじでやばかった。本当に死ぬかと思った……アイツ、本当に手加減しねえよな!」

「手加減できない、が本音かもな。あの武器も死神じゃなくて姪っ子の方が作った武器だろう? センスが段違いなんだよ」

 二人が話しているのは噂の最強バディのことだとは分かった。きっと自分たちよりも長くあの世界にいたこの二人なら、他のバディのことも知っているかもしれない。それこそ、仁美を襲った相手のことも分かるかも……そう思い、真琴はゴクリと息を飲む。また喧嘩を始めそうな二人の会話に、あの、と割り込んだ。

「情報を教えてもらえませんか? その、他のバディたちのことを知りたいんです」

 その真琴の言葉に渋い顔をした水谷だったが、実は……と真琴が仁美の状況について話すと二人の顔色が変わった。

「はあ!? 強制的に一人だけで送還? そんなのバグじゃねえか!?」

「き、聞いたことありませんか?」

「……ないな。バディを組んだら、基本はセットです。俺たちだって、バトル時は別れることが多いですが、スタート時点ですぐに合流してますよ」

「そうですよね。俺らも大体は池袋の駅前かサンシャインあたり……ノルマのマリスの近くにセットに飛ばされるのが普通です」

「飛ばされたのは霞ヶ関って言っていたんですよね?」

「はい。恐らく」

「あの辺はマリスの発生はしない場所だと聞いたんですが……」

 真琴は自分の話が要領を得なかったと思っていたが、水谷にはよく伝わっていたようだ。話しながら、自分の中でも混乱していたことが整理できていくようだった。

「ってことは、今から真琴も入れないのか。バディがいなけりゃ、向こうには強制送還されないもんな」

「分からないです。昨日のことで」

「はー、まあ、いいタイミングで会えたっちゃ会えてよかったけど」

「え?」

 紺屋の言葉に彼を見つめると、相手はキョトンとして、「だって一人で不安じゃね?」と言い出した。ミラーワールドで喧嘩をふっかけてきた相手とは思えない。その違和感に真琴が戸惑っていると、水谷がその思考を読んだように「別にポイントさえ稼げればいいんですよ、俺たち」と告げた。

「一位を狙って無理していただけで、無駄に相手を傷つけるつもりはないので」

「一位になって、君達もあそこから出たいってこと?」

 真琴の問いかけに二人は少し黙り込んだ。そして、目配せをすると、紺屋の方が静かに語り出す。

「オレらはあそこで知りたいことがあんだよ」

「?」

「ミラーワールド――あそこにもVR版にもキメラがいるだろ。まあ、どっちかっつーとVR版でも滅多に見れないっていうドラゴンみてーな巨大キメラ。ロゴにあるようなやつ。あの形態に似たモンスターを、オレたちはこっちの現実世界で見てるんだ」

「え……?」

 現実世界で? と真琴はそう思った瞬間、仁美の母の話を思い出した。どくどくと心臓の音が強く響く。しかし、そんな真琴には気づかず、紺屋はフロートのアイスを左手で掬って食べながら話を続けた。水谷は黙ったまま俯いている。

「そのキメラのせいで……オレたちの大事なダチが、幼馴染が死んだ。VR版のドラゴンの既視感から、あのゲームを不審に思ってたんだ。そしたら殿堂入りしたら何かが起きるって都市伝説があるわけだろ? あやしーじゃん。だから、オレたちはあの世界の真実を知りたいと思って中に入ったんだ」

「なので、俺たちは狙って殿堂入りしてあの世界に入ったんです。分からないことが多くて時間ばっか食われて焦っていたんですが。賞レースができて、それであのシステムの運営側に近づけるかもと」

「そう、なんですか……」

「まあ、死神に喧嘩売ってこのザマだけどな」

 ハッと鼻で笑った紺屋は自分の右腕のギプスをあげて真琴に見せた。その飄々としたさまに真琴は心の強張りを少しだけ緩めることができた。真琴は自分のアイスコーヒーを一口含むと、はあ、と小さな溜息をつく。

「なんで仁美さんがこんなことに。どういう風に情報を集めれば……と俺も焦ってしまって。話が聞けて嬉しいです」

「いや、俺たちも今の中のことは分からないので。その彼女の怪我っていうのは、どういうものなんですか? プレイヤーにやられたってことですよね」

「仁美さんには何かの縛りがくっついてるんです。背中に大きな凍傷ができていて。俺たちにしか見えない、変な黒い石が埋め込まれてる」

「石?」

「ええ。彼女曰く、体力ゲージはまだ残っていたのに、攻撃されて倒れているうちにそれを埋め込まれて……強制的に戦闘不能状態にされたって言ってました。相手は、恐らく氷龍の霊獣使いだったと」

 その話に水谷はピクリと眉を動かした。

「龍……上野にいるスレイブかもしれませんね」

「葵ちゃんのとこかぁ? いや、でもあそこはポイントやランキングとか興味ねえだろ。マスターの葵ちゃんは好戦的だけど、他の地域にまで出てきたりしねーぜ? マリス討伐が趣味みてーなもんだしさ」

「葵ちゃんとか言うな」

「いや、かわいいじゃん。葵ちゃんー」

「?」

 真琴が会話についていけずにいると、水谷が気づいて説明をした。

「上野の辺りにも強いやつらがいるんですよ。そこまでポイントには興味ないみたいだけど。スレイブは龍使いで、マスターの方が有名な女子高生モデルなんです」

「インスタグラマーだからな。すげー有名なんだよな。可愛いし」

「森崎葵。インスタに顔が載っているので、検索すればすぐ見つかります。スレイブの方は緑川という冴えない感じの地味な男。名前だけは調べたが……確かこっちでも個人情報が拾えなかったな。怪しいっちゃ怪しいんですけどね」

「さっきも言ったけど、こいつ、対戦中とか接触中に個人データハッキングできんの。ずりーよな。まあ、接触ないと割と近くまで寄らなきゃダメだけど」

 真琴がその言葉に驚いていると、水谷は自分のスキルをバラされたことに腹を立てたのか、紺屋を小突いてまた喧嘩を始めた。本当に仲がいいんだなと呆れるが、少しの小競り合いのあと、水谷はまた真琴の方に向き合う。

「赤西さん、でしたっけ。彼女、新宿の情報屋については何か言っていませんでしたか?」

「おい、それ教えてやっていいのかよ?」

「いいだろ。システム自体に歪みがあるなら、浅黄さんが何か知っているかもしれない。多分、俺の知らないところで上野の方とも繋がっているだろうしな」

 水谷の話に「情報屋……」と真琴は考えたが、心当たりがなかった。池袋近辺にいるバディの何組かにはコンタクトをとったことがあるが、それも時間がなく、お互いのことはそこまで知れてない。新宿界隈にはあまり来ていなかったしマップ検索もしていなかった。

「いや、何も知りません。すみません」

「新宿を中心とした地域には、オレら以外にもいくつかバディがいる。その中でも幅をきかせているのが、オレたちと浅黄・黄宮って奴らだ。プレイヤーネームはローレルとティガー。オレたちは池袋とか中央線の中側も移動したりするけどな。あいつらは基本的には歌舞伎町から動かねえ。あそこはマリスが多いから狩場としては入れ食いなんだよ。黄宮は白虎を使う肉体派の喧嘩野郎だ。情報屋、浅黄もマスターのくせにめちゃくちゃツエー。格闘技やってんじゃねえかな。細いけど」

 紺屋の説明を聞いて、最初の方に仁美が言っていたことを思い出す。そういえば、霊獣が白虎のバディがいたという話をしていた。

「あ! 最初になんか強いのがいるとは仁美さんが言ってた! 俺は接触したことはないんですが」

「あの二人が戦闘に強いのは確かです。が、ポイントに関してはやる気はない。結果として上位にはいるでしょうが。ただ、傍観者を気取って周りを見ています。俺らは……システム側の人間じゃないかと思っていますが」

「!」

「強くなると結局あいつらに行き着くんですよ。ミラーワールドの中では時間制限もあるし、ポイント稼ぎがメインになった今、どのバディも戦闘と素材集めでいっぱいいっぱいですしね。基本、ノルマは共闘できないでしょう? それに、コンタクトをとっても、賞レースのせいでお互い疑心暗鬼だ」

「……そうですね」

 真琴は自分たちがコンタクトをとったバディたちのことを思い出していた。どこかよそよそしく、情報交換もままならない。ポイントを狙っているのはどこのバディも密かに思ってはいることで、賭け試合のシステムがある以上、プレイヤー同士の接触に慎重になるのも分かる。

「なので、こっちの現実世界で情報収集するしかない。あの二人はこっちでも情報を提供してくれます」

「まあ、怪しい奴らだから、本当の狙いはわかんねーけど。持ちつ持たれつだからな。大毅はハッキングが得意だから、こっちでプレイヤーの情報も把握できるし」

「ベラベラ喋るな。お前はもう黙ってろ」

 水谷は紺屋の発言を制すると、まあ、そういう奴らです、とまとめた。浅黄・黄宮……真琴は教えてもらった名前を繰り返す。水谷はコーヒーのストローで氷をいじりながら、そうですね、と少し何かを考えた。

「浅黄さんは、死神とも上野の龍使いのところとも繋がっているはずです。上位者には向こうからコンタクト取ってくるから。うちにも話しかけてきたのは向こうからですよ。ミラーワールドの初期からいるらしく、なぜかシステム内の情報をほとんど把握しています。ランキングスコアなんかも握っていますね」

「あの、さっきから出てくる死神って……この前の対戦相手?」

「ああ、オレらがやられたやつ。鬼ほどつえーんだよ。葬儀屋のおっさんとその姪っこなんだけど。って、ステータスを言えば言うほど怪しいよなーアイツら」

「そんな人たちがいるんですか」

 真琴の質問に水谷は丁寧に答えていく。

「ええ、目を疑うほど強いです。というか、武器の使い方が特殊なんですよ。勿論、こっちの世界にもいるんで調べました。地域的には品川とか恵比寿、渋谷ぐらいまでの広範囲ですね。あの辺りで葬儀屋をやっているようです。あと、さっき言った浅黄さん・黄宮さんは新宿であやしい花屋をやっています」

「こっちでヤクの売人でもやってんじゃねって噂。見た目がヤクザだもんな、あの二人」

「ええっ!?」

「お前がその見た目で言うなよ。どんだけだって思うだろうが」

「なんだと!?」

「まあ、あの二人の見た目がヤクザなのは認めるけどな。黄宮さんはよくわかんないけど、浅黄さんはかなり頭がいい。食えない男ですよ」

「え、なんかこわ……」

 物怖じするように体を縮こめた真琴に、水谷は、ハっと鼻で笑った。

「いや、ミラーワールド自体が堅気じゃないですからね。今更ビビっても。真琴さんのことは俺から連絡しときましょう。近いしこれから会いに行ってみたらどうですか?」

「え、オマエ、アイツのこっちでの連絡先まで知ってんの?」

「ああ。ちょくちょく情報交換しているからな」

「はー、変なもん売りつけられんなよ?」

「大丈夫だよ。そこまでバカじゃない。お前じゃあるまいし」

「一言多いんだよ!」

 そう言った水谷は真琴と連絡先を交換し、そこに地図を送ってきた。新宿歌舞伎町から少し外れたところ。ここに行けば何か分かるかも知れない……真琴はグッと息を飲む。水谷はそんな真琴に、一つ警告しておきます、と続けた。

「浅黄さんは今のバトルの状況や地域の情報に詳しいけど、システムの詳細については誤魔化しているところがあります。本当に知らないのか、知っていて言わないのかは分からない。そういうところが見え隠れする男です。下手に聞き出そうとしない方がいいですね。向こうでのバトル能力はピカイチだから、喧嘩売るには危険な相手かと思いますよ」

「分かりました。ありがとう。助かります」

「いえ」

 真琴はじっとそのマップを見つめ、氷の溶け始めたアイスコーヒーを口に運んだ。水で薄まったその苦味は、今の自分にはちょうどいいぐらいだと思ったりした。

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