第四章:光に紅、闇に蒼
4-1:病院は嫌いだ
*
病院は嫌いだ。
慣れない匂い。白基調の色と静けさに響く靴音。現実感が傾く奇妙な感覚が起こるから。
昔、病弱だった妹の見舞いによく来ていた。病室でいつも妹は苦しそうにしていた。その事を思い出し、真琴は頭を振る。……やはり、病院は嫌いだ。
真琴は面会の受付を済ませると、目的の病室に早歩きで向かった。廊下の奥、四人部屋だが、他の人の退院日が重なって、今はたまたま一人だと連絡が来ていた。その部屋の一番奥のベッドに仁美の姿がある。窓の外をぼうっと眺めていた仁美だったが、真琴に気づくと、手をあげて苦く笑った。
「仁美さん……っ!」
「病室では静かになさってくださいね」
隣で何か手続きをしていたらしい看護師に諭され、真琴は思わずスミマセンと頭を下げる。彼女が出て行った後、二人は一斉に小さな溜息をついた。
「さっきまで職場の後輩が来てくれていたのよ」
「そうですか……」
「仕事道具を持ってきてもらいたくて、鍵預けて帰したとこ。それ以外にも色々持ってきてもらおうと思って」
窓際には夏らしい色の花束、黄色と紫と水色の小ぶりなブーケが飾られていた。はあ……っと溜息をついた仁美は、すっと正していた姿勢を崩すと、あーあ、と舌打ちをした。
「襲われて怪我をした。病院にいる」仁美からそう連絡が来たのは午後だった。真琴はそれに慌てて病院に来たのだが、まだ事情が分からなかった。
「まーじでやられたわ……」
「っ、こっちの世界で、ですか?」
「いや、実は昨日ミラーワールドの変なところに送られた。あれ、多分霞ヶ関だわ。母について行ったことがある」
「え……?」
(なんでそんなところへ……昨日、俺は何もなかったけど……)
昨晩、真琴はミラーワールドには飛んでいない。今までの経験上、送還日は隔日もしくは二日以上の規則性は掴んでいたので、連日で送還されることはなかったのだ。昨日、正確には本日深夜、真琴はVR版をプレイし、Gスコアを貯めていたのだが……。
仁美は何かを思い出そうとしながら話している。無理しないでください、と頭にも包帯の巻かれている仁美を気遣った。「後輩には交通事故だって言っといた」とあっさり嘘をつけるぐらいには元気らしく、それには少し安心した。
「場所の意味は分からないけど、変な龍を使うやつにやられた。きっと霊獣型のスレイブだと思う。ひょろっとした男で……すぐに攻撃されたから、モニターのモードをサーチに切り替えられなかったし、相手の情報を全然覚えてない……クソっ! ぃって……!」
仁美はグッと腕を掴んで痛みを耐えている。面会受付の時に少し話を聞いたが、背中側にひどい凍傷を負っているらしい。話を聞くに、おそらく背後から不意打ちされたのだ。
「仁美さん、無茶しないでください。その、傷は……」
「みる? 結構えぐいよ」
耐性あったっけ? と仁美は言うと、入院着の上を肩からはだける。思わず、えっ!? と目を覆ったが、見ても大丈夫だってという言葉に従ってそっとそれを指の隙間から見る。すると、サラシがぐるぐるに巻かれた背中の肌は確かに軽い火傷のように赤くなっていた。そして、その背骨の真ん中に、黒い石のようなものが見えた……気がした。
気がした、というのはそこに「石そのもの」は無いからだ。真琴が目をこすっても、その石はまるでVRのモニターで浮き出ているかのように仁美の背中にあるのだが。そっと触れようとしてもそこには何もない。
「これ、は……? な、なんですか?」
「やっぱり真琴くんには見える? 医者には見えてない。軽い凍傷だけ。ミラーワールドでは死ぬほど痛いって思ったけど、こっちの世界に強制送還されると何割かは軽減されるみたいね。実体の入り込み方によるのかな? まあ、なんかよくわかんない石埋め込まれていて。それが根を張っている感じがあるのよ」
「なんで、こんなものが」
真琴は違和感を感じた。ミラーワールドによる現実世界での実体影響は、ある程度身を以て分かっている。しかし、実際の体に影響が出ているだけでなく、こんな変なものまで、まるで。
(向こうの世界とこっちの世界の境目がなくなっているかのような)
そう思うとぞくっと寒気がした。仁美はそのことは然程気にせず、多分傷が治ればまた向こうの世界に戻れるとは思うけど、しばらくは戦闘不能ね、と頭を掻いた。
「氷龍の気配を感じたから、相性悪いとは思ったけど。反応できなかった自分にも腹たつわー」
「む、無理ですよ、そんなの。一人で……こ、こんな傷ができるような強い相手っ……!」
「あ。痛みは実はそこまでじゃないのよ。派手な傷に見えるけど。軽い痛み止めで平気な感じ」
「許せません、こんな……」
真琴はグッと拳を握った。シザーやキーパーと同じく、ランキングで自分たちが邪魔になったのだろうか? プレーヤーに現在のランキングは開示されていないが、真琴たちは順調に進んでいる方だとは思う。しかし、こんなやり方……真琴は自分の中の感情がぐちゃぐちゃとかき回されているような、そんな強い不快感を感じ、グッと唇を結ぶ。その様に気づいたのか、仁美がやけに明るい声をだす。
「まあ、私が入れないとなると、君も入れないでしょ。基本の送還はセットだからね。何か裏技があれば入れるのかもしれないけどさ」
「……」
「そもそもマスター一人でミラーワールドに入るのは得策とは思えないし。しばらくは休憩できると思っていいかもねー。真琴くん、あっち嫌いだって言ってたじゃない。休めてラッキーぐらいに思って?」
仁美はそうは言うが、真琴の中ではモヤのような気持ちが育っていた。こんな形であの世界から逃げたかった訳ではない。理不尽にも大切なバディを傷つけられたことに、真琴は今までにない感情をもつ。……これはなんなのだろうか。
「……真琴くん」
目の前でパンっと手を叩かれたことに驚いた。仁美が真琴をじっと見つめている。えっ、とそちらを見つめ返すと、仁美のまっすぐな視線が真琴を射抜いた。
「しっかりしろ。別に私は死んじゃいないんだから。ここに生きている。分かった?」
「……はい」
真琴は自分の内側でどくどくと脈打つ鼓動を鎮め、ふうっと息を吐いた。
「あの、何か必要なものとかあれば、買ってきますが大丈夫ですか?」
「あー助かるわ。父が今海外出張中で。まあ、説明が面倒なのでちょうどよかったけど」
「仁美さん、そんな状態でミラーワールドにずっといたんですか?」
「いや、相手が去った後、コアタイムも終わってないのに、バンってこっち戻った。自分のモニタ上は体力ゲージがまだあったのに、いきなり戦闘不能にされた感じなのよ」
「え?」
「変な感覚だったわね。この石のせいかもしれない」
仁美の話だと、彼女の認識では体力ゲージがまだあり、戦闘不能ではなかったはずだとのこと。体が凍てつき、痛みに呻いている間に男が仁美の背中にふれ、それから石の感覚があるという。今から思えばだけど、と仁美は記憶に自信がないらしく、そんな彼女を見るのは初めてのことだった。本人は強がっているが、精神的にもダメージが大きなことは明らかだ。
「真琴くん、昨日は送還されてないわよね?」
「はい。俺はVR版の方にいました」
「じゃあ、本当に別々に送還されたのか……。一体何が起こったのか、わけが分からないわ」
「とにかく今は体を休めてください。俺、ちょっと看護師さんに必要なものとか聞いてきます。あ。メモとか、これですか?」
「うん、さっき入院の詳細もらって……、これとこれ。売店にあるらしいから買ってきてもらえると嬉しい」
ちょっと横になるね、と仁美は苦笑いをこぼして、そのままベッドに入った。
真琴はメモを持って病院内の売店にいき、仁美に頼まれた消耗品と食べやすそうな菓子類を選んだ。病室に戻ると、仁美はまだ眠っていた。起こさないように荷物だけを置いて、病室を去る。明日も来るので、欲しいものがあれば連絡ください、とだけメッセージを残し、その病棟のエレベーターに乗りこんだ。
病院は混んでいた。どうして仁美さんがあんな目に、と湧き上がる感情を抑え、真琴は首を振る。今日はバイトもない。しばらくミラーワールドにも入れない。こちらで情報収集をしたくともその手段はない……なんとも言えない焦りだけが、真琴の体の中を蝕んでいく。
(クソっ……どうしたら……)
姿も見えない敵に対し、苛立ちを覚えているのは分かっていた。それがどうしようもないことも。そんな思いで病院のロビーを抜けると、そこであれ? と既視感を覚えてすれ違った相手に振り向き、思わず声を出した。
「あ……あの!!」
「ん? ……あれ? 池袋の真琴じゃん」
派手な金髪の学生が、右腕と首に大きなギプスをつけたままこちらを見た。その隣にももう一人、黒髪の学生がいる。それは、シザーとキーパーの姿であった。
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