遺書から始まる貴方への恋文を
春菊 甘藍
宛名の無い遺書
放課後。
日直の仕事を終えると、空は夕日で赤く染まっていた。もう時間帯的に誰も教室には居ないはず。しかし、教室の中央。誰かが何か書いていたのだろうか。便箋が散乱している。
興味本位で見てみると、やけに達筆な文字で『遺書』と書かれていた。
「は?」
時々、ニュースなどで目にするその文字を画面を介さず目の前にある状況に理解が追いつかない。
「おい」
教室の端、扉の前に一人の女子がいた。
「何見てんだよ」
乱暴な口調。
彼女はこのクラスの中心的人物のはず……なんで。
「なんで?」
「勝手に見といて質問かよ」
いよいよ彼女の表情も険しくなる。
「いやだってさ、こんなの」
「こんなのだと? 何も知らねえくせして」
近づいてきた彼女に胸ぐらを掴まれる。怖いんじゃが!
「形式も守らないで、こんなのただの怪文書だよ」
「は?」
予想外の発言に、面を食らった表情。
なんだ、可愛らしいじゃないか。
「遺書ってさ。人生最後に残る文章、手紙だろ? 字はせっかくきれいなのにさ。なのにこんなの書いてちゃ、笑われるね」
「……別に良いんだよ。どうせ見るの親だけし」
遺書の隣、看板の中の見えた縄。そこから連想される最悪の光景。止める理由なんか正直無いのだろう。でも見逃すわけにもいかない理由がある。
「そういえば、何で遺書書いてんの? 病気?」
「お前、遠慮を知らないのか?」
彼女の様子は怒りを通り越して呆れてる。
「……別に特に理由なんてねえよ。死にたくなったんだよ」
頭を掻きながら、面倒くさそうに言う。自殺しようとしてたことを素直にバラしてしまって良かったのか? 態度と口の悪さに似合わず、彼女は酷く素直な人物なのか。
「えぇー」
「何だよ。その反応は」
「思ったのと違う。もっとこうさ。不治の病とかやないの?!!」
「なんでキレ気味なんだよ。ぶん殴るぞ」
『殴る』と言った彼女の肩が震えていることに、気づけて良かった。
「別に死ぬのを止めはしない。君の選択だからね」
「頭おかしいだろ……」
言葉は強いのに、どうしてだろう。目の前の君は酷く、儚く見えるよ。
「遺書を書くのも評価する。残された者が感情の行き場を完全に失ってしまわないための有効な
泣き出しそうな君は、一体何で死にたいだなんて思ったのだろう。
「それなら、ちゃんとした遺書を書いてあげてくれよ」
我ながらおかしな事をしてる。死のうとしてる人の手助けだなんて。
「じゃあ、教えろよ」
彼女が見せまいとする涙の理由がいかなるものであろうとも。
「いいとも。正しく丁寧に書けば、少しは残される人達も救われるだろうさ」
君を死なせてなんかやるもんか。
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