第5話 護る理由(わけ)

「… どうかしたの?」


突然無口になってしまった彼に、ユンナは聞いていた。ふと、ユンナを見ていた彼と目が合う。2人とも何か照れていた。


彼女は髪は下ろしブラシを入れたのか縮れた髪は少しましになっていた。そして、ジャケットにスカートを履いていた。


季節的には初夏を過ぎているが、山岳地帯のため夜は少し冷え込む。白い装甲の彼は、倉庫にあった毛布をユンナの肩に掛けた。


「前の格好より、その方が似合ってる…」


そう言って彼女の隣に座ると、彼は携帯用の何かのケースを器代わりし、ユンナにス-プ手渡した。彼女はそれを両手受け取り少し微笑んだ。


「… あ、ありがとう…」

「アハッ… 何を言い出すかと思ったら… なんだかあなたとは、初めて会った気がしないわネ」


「やっと笑った、初めて見た君の笑顔」


ユンナはスープに口をつけようとするが、熱さで何度か息で冷まそうとする。その姿が彼には愛しく思えて仕方ない。そして、なんとかこの娘を守りたいとさえ思えた。


静かに夜は更けていくが、地下室での2人の会話はまだ続いていた。彼は急に考え込み、立ち上がると話し出すのであった。


「… 1年前のアトランとフェイートの協定で、」

「核兵器を始めとし、長距離巡航ミサイル、対人用クラスタ-爆弾、そして…」

「全化学兵器が廃棄リストに載った…」


「そして、君達の国アトランは二か月以内にリスト掲載兵器を処分した…」

「… だが、オレ達の国フェイートは、していなかったんだよ」


「えっ、どういう事なの?」

「でも私、テレビで、核爆弾や、ミサイルを処分する報道映像を見たわ…」


ユンナが悲願をする様な眼差しで彼を見つめる。情報化の時代に生きた人間が、何もかも信じられなくなる時であったかも知れない。


「そう、確かにミサイルは処分された」

「それは、核の脅威に勝る兵器が完成したため、核はいらなくなったからさ…」

「君達の国は騙されたんだよ…」


自分の罪を責める様に、語る彼のその表情と言葉は重い。たまらず、ふと、視線を倉庫の隅へとやってしまう、彼女の顔が見ずらかった為である。その倉庫の隅に風船を見つけ、少し考え込む彼であった


まだ、彼女の表情は信じられない様な表情をしている。ひらめいた様な顔をし、風船を拾い、説明しだす彼だった。


「世界の状況を、この風船で例えようか…」

「中の空気が、仮に兵器の脅威としよう…」


そう言って、風船を大きくゆっくりと膨らませた。


「これが、1年前の状況としよう」

「これ以上空気を入れるとハレツするし、かと言って、入り口を塞いだので、空気を出す訳にもいかない…」

「もうどうする事も出来ないくらい、危険なものになってしまった」


「そこへ、君達の国が弱みを見せた」

「と言う事はこうだ。世界中のバランスが崩れ、一気に弱くなった所へ力がかかる」


そう言って彼は、風船に針の様なもを突き刺した…パァンと音を立てて、その風船は弾けた。


「より強い国が、自分達の物にしようと、世界中はこの通りさ」


「じゃあ、今回は、この国が武装を解除した事から、戦争になっちうの?」

「どうして?」


ユンナは、夢中で彼の話しに聞き入り、そして納得のいかないことには質問をぶつけた。


「兵器があればあるで、より弱い国を狙い」

「無ければ無いで、より強い国に狙われるのさ」


「じゃあ、戦争は永久に無くならないの?」


「人間は争い事が好きだからなぁ」

「この世界から全ての兵器が、一瞬にして姿を消さない限り、無理だろう」


「… この村だって、最初はオレ達の部隊が、攻撃を掛ける予定だったんだが、…」

「部隊長とその部下達は、重なる非人道的な作戦に、もう限界だった…」


「いや、半ば自棄になっていた、と言ってもいいかも知れない…」

「… 軍に反発し、部隊が反乱を起こした結果が、このザマさ」


「そうだったの…」


実に無念そうに言う彼だった。


「もう1つ、俺は、この村に昔の恩もあってネ、…どうしても護りたかった…」

「ひょっとすると、君の言う通り、オレが来たから、奴らも来たのかも知れないな…」


「で、でも、最初から、この村は狙われていたんでしょう!?」


ユンナの問に、ゆっくりと頷くが、どこか、そうではないと、おもむろに感じさせる。


「… 俺達はアトラン国軍、第12航空師団、第99空挺飛行部隊に所属している」

「内部では、"ディセントフォ-ス" の通称(コ-ルネ-ム)で呼ばれていた」

「だが… その存在を知る者は軍の一部のみだ」


「第12航空師団の12とは、軍事重要機密組織を意味する」

「言わば、組織図にもない、存在する筈のない軍隊だから…」

「軍本部も、軍事機密が漏洩する前に総力で俺達を消したいのさ…」


確かにそれが彼が狙われる理由でもあるが、全ては反逆から始まっている。そして、その反逆は、この村の為であったのは事実である。


その時、また、機械音が聞こえ出した。また、ブラックフォックスだ、手でしゃべらない様にに合図をする彼を見て、再び脅えるユンナだった。


「人数はそんなにいない様だ。 偵察だろう…」


小声で言う彼に、ユンナはとっさにしがみついていた。しばらく、ブラックフォックスは、偵察を続けている様だった。抱き合って息を凝らす2人、その脳裏には何が映ったであろうか。


そして、音は、いつしか聞こえなくなっていた。ふとユンナを見る彼、彼女の静まりに気付くのであった。ユンナはそのまま彼にもたれかかり、眠ってしまっていた。


「眠ったのか…」


ゆっくりと彼女を横にさせ、やさしく毛布を掛ける彼だった。


「このままじゃ、いずれ見つかる…全断層スキャニングオールスキャン されれば終わりだな…」

「もう、始めていると思ってもいいぐらいだ…」


全断層とは、地形を深層50mまでを縦横10cm間隔で断層スキャンする、いわゆる医療で使われるMRIを地形に対して行うものだ。

それを駆使できるのは、対ゲリラ戦部隊だからこそ可能な技である。ただ、あまりにも大容量の情報量を扱うため、全域を調査するには1週間はかかるだろう。


そう考えていた彼は、ふと、ユンナの胸に、どこかで見覚えのある、ペンダントを見つけるのであった。



「… ムッ!!」

「… こっ、これはーっ!!」


忘れる訳がない、これは彼の両親の形見のペンダントなのだから…彼の頭に、幼い頃の出来事が蘇る。


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そこは霧の濃い山の中であった。自家用機が1機墜落していた。自家用機はほぼ原形をとどめていなく、周辺の木々が長い距離に渡ってなぎ倒されている様子を見ると、不時着に失敗したようだ。その一部始終をみていた2人の少女達が、村の大人達を呼びに行っていた。


「早く早くーーーっ!!」


現場に駆け付けた者達が、機体の中を調べていた。機体はほぼバラバラ状態になっているが、幸いにもエンジン部分と燃料タンクは別々の場所に飛び散ったため、火災は起きなかったようだ。


「まだ生きてるぞーっ!!」

「ボウヤ大丈夫か?」


自家用機には1家5人が乗っていたが、4人は即死状態であった。だが、奇跡的に墜落現場より子供が1人救助されていた。


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「可哀相にな、あの子の家族は全員亡くなられたよ」

「どうやら、親類もいない様ですが…」


2人の少女が救出された少年を見舞いに来ているのが見える。医師達が隣の治療室からそれを見ており、ベッドの上に座り少女達と会話する少年の姿を見てひそひそ話をしていた。


「はいっ!! 早く元気になってネ」


そう言って、2人は摘んできた花束を渡すのであった。


「私ユンナです」


「私セレナ!!」


元気に声を掛ける2人の少女達。そこへ、医師がゆっくりと近づいて来て、少年に優しく言葉を掛けるのであった。


「もうすっかり元気になったね…」

「この2人が、キミを見つけてね、3日3晩ズッと看病してたんだよ」


「どうも、ありがとう!!」


明るくそう答えていた少年は、まだ肉親の死を知らされて居なかった。だが、隠してもいづれ判ってしまうこと、それが遅いか早いかの違いだ。


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その後、肉親の死を受け止めた少年は、ある決心をしていた。住み慣れた国へ帰り、一人での人生再出発を試みるものである。


「やっぱり、国へ帰っちゃうの?」


「うん、キミ達にはお世話になったけど、元気でね」

「これ、父さんと母さんの形見なんだけど、持っててよ」


少年は2人に差し出した腕からペンダントの鎖部分を垂らす。2人がその下に手を置くと1個ずつ、そっとペンンダントを置いた。


「こんな大切なもの… いいの?」


「持ってると思い出して… ダメなんだ…」


よくよく考えてのことなのであろう。下を向く少年は悲しげだった。


「さようなら、またいつか、ここへ来るよ…」


「うん、きっとよーっ」


「ああ、この恩は決して忘れないさ、立派になって戻ってくる」


少年の、希望に満ちた旅立ちであった。しかし、その希望が崩れさるのに、さほどの年月は必要としなかった。そして、少年が彼女達に会う日は来なかったのである。


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戦闘前のヘリの中ではあれほど決意していた過去の出来事。戦闘に気を取られ、忘れていた。

その時のペンダントがこれである事は、彼が一番知っている事であった。


「そうか… あの時の…」

「なんて事だ、こんな形で、再会するとはな…」


彼は、現在の自分の姿を、この時程悔やんだ事はない。生きるためとはいえ傭兵に志願し血に染まった人生を送り続けていた、兵士としての自分の姿を。


「そう言や、セレナが死んだって、言っていたな」

「すると、この娘は、ユンナか…」


最初は気付かなかったが、彼はまだ名前を覚えていた。彼のユンナを見つめる表情は、一層優しいものとなっていた。そして、その表情はまた、強ばりを見せた。彼は何かを決心した様である。


「オレの墓場は、これで決まったも同然だな…」

「こうなれば、この娘だけでも…」


そう呟くと、装備のチェックを始める彼であった。バックパックユニットから少し細目のケーブルを3本引き出すと、腰のダイヤルに結んだ。そしてヘルメットを慎重に装着する。ちょうど空が白みかけていた、辺りでは、昨日の戦闘が嘘の様に小鳥達がさえずり始めていた。


そして、彼はその場を後にした。

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