第10話 奴隷少女の信頼に報いるため

「……ぼ、僕に?」

「は、はい」


 顔を真っ赤にするレナの申し出を、僕は一瞬理解をする事が出来なかった。


 背中の手当てをするという事は、レナの裸を見るという事だ。いくら背中とはいえ、うら若き乙女の裸を見るなんて、王族としてあるまじき行為だ。女性好きなロイ兄上なら喜んでやりそうだが。


「僕に背中を見られるなんて嫌だろう? すぐにメイドを呼んでくるから彼女達に――」

「その! マルク様にお願いしたいです! 他の人は怖いっていうか……」

「……本当にいいのか?」

「はい。マルク様なら怖くないですし、信頼できますし、見られても……は、恥ずかしいですけど! でも他の人よりは大丈夫だと思います!」


 出会ってから今日までの間で一番の力説をするレナに、僕は思わず苦笑をしながらも、小さく頷いた。


 ここまで僕の事を信頼してくれているのは嬉しい。男として、そして民を導く王族として、レナの覚悟に向き合わなければ。


 ……手当如きでなに大げさにしてるんだって言われたらそれまでだが、僕達からしたら大変な事だ。


「じゃあ……服を脱いで、ベッドにうつ伏せに寝てくれ。僕は後ろを向いてるから、準備が出来たら呼んでくれ」

「は、はい」


 レナの身体を見ないように後ろを向くと、布の擦れる音が辺りに響いてきた。


 僕だってこれでも男だ。すぐ後ろで女性が服を脱いでるなんて状況は、流石に緊張してしまう。だが、レナの信頼に報いるためにも、緊張なんてしている場合じゃない。


「終わりました」

「ああ」


 振り向くと、僕の指示通り、上半身裸になってベッドにうつ伏せになっているレナの姿があった。全然肉がついていない背中には、大小様々な傷だらけで……その痛々しさに、見ているだけで涙が出そうになってきてしまった。


「…………」

「あ、あのー……マルク様?」

「レナ、本当に今までつらかったよな……痛かったよな……」

「マルク様? 急にどうしたんですか?」


 レナの頭を優しく撫でながら言うと、レナは顔だけこちらに向けてきた。


「この傷を見たら、胸が痛くなってきて……すまない、すぐに手当てをする」

「……本当にいろいろとありがとうございます」


 小さくお礼を言うレナの背中に、優しく薬を塗りこみ、ガーゼをあてていく。


 ……相手は泡だ。ほんの少しでも強く触ったら割れてしまう泡を相手にするように触れ。そうすれば、レナに痛い思いをさせずに済む。


「よし、とりあえず終わった。後は包帯を巻くだけだ」

「え、もうですか?」

「ああ。座学で傷の手当てを習った事があってね。申し訳ないが、包帯を巻く前に前を自分でやってくれ」

「わかりました。前はさほど酷くないですし、すぐにできると思います」

「すまない。また部屋の外で待っていようか? それとも中にいた方がいいか?」「中にいてもらえますか? 一緒の方が安心できるので……」

「わかった」


 再度レナに背中を向けた僕は、そのまま椅子に座って本を読み始める。それから間もなく、レナが僕を呼ぶ声が聞こえてきた。


「終わりました」

「わかった。次は包帯を巻きたいから、今度は背中を向けて座ってくれ」

「はい、どうぞ」


 僕は包帯を持ってレナの方に行くと、背中を向けながら、両手で長い薄紫色の髪を持ち上げるレナの姿があった。


「そのままでいてくれ。はじめるぞ」

「わかりまし――ひゃん!」

「どうした!? 痛かったか!?」

「あ、いえ……ちょっと包帯がこすれてくすぐったかっただけです」


 くすぐったかっただけか……ビックリさせないでくれ。変な声を出すからどこか強く痛んだのかと思ってしまった。


「マルク様、本当にお上手ですね。あのお医者さんよりも上手です」

「それは褒め過ぎだろう。本職には勝てないよ」

「いえ、あの人はちょっと乱暴だったというか、少し痛かったんです。でも、マルク様の手当ては凄く優しくて、全然痛くないんです。きっと性格が出るんですね」


 そうなのだろうか? 自分では性格云々はよくわからない。だが、極力優しく手当てをしようと思っているから、そう感じたのかもしれないな。


「よし、終わったよ。腕と足もやるから、一度肌着を着てもらっていいか?」

「え、まだやってくれるんですか? 流石に申し訳ないというか……」

「僕がしてあげたいだけだ。レナが嫌ならやらないが」

「そんな事無いです! 凄く大切にされてるって思えて、嬉しいです……あっ、ごめんなさい変な事言って。すぐに着るので待っててください」

「わかった」


 嬉しい……か。そう思ってくれるくらいには、僕と一緒にいて安心してくれているのだろうか。もしそうなら僕も嬉しい。今まで散々つらい目にあって来た彼女には、少しでも幸せに暮らして欲しいから。


 その後、しっかりと両手足の手当ても終えた僕は、レナと一緒に食事を楽しんだ後、眠りについた――



 ****



「……随分と変な時間に目が覚めてしまったな」


 同日の真夜中。枕元に置いてある懐中時計を見ると、丁度午前の三時だった。流石にまだ起きるには早すぎるのだが……何故か目が冴えてしまっていた。


「レナはちゃんと眠っているだろうか?」


 僕は隣にある布団に目をやる。そこには、静かな寝息を立てているレナの姿があった。よかった、ちゃんと眠れているようだ。


「……ふぅ」


 僕は天井に目を向けながら、レナを起こさないように浅く溜息を吐いた。


 今日はいろいろあったな……初めてスラム街に行って、民の前で逆立ちなんてやって……民の悲しみの一部を肌で直接感じた。


 なんの力も無い僕が、彼らに出来る事は一体何なのだろうか。今すぐ彼らを富裕層が住む街に移住させる事は出来ないし、国の金を彼らに渡す事も出来ない。そもそもやる前に父上にバレて止められてしまうのが関の山だろう。


 では、食べ物を彼らに支給する? それなら僕の小遣いで、ある程度なら買えるが……それではその場しのぎにしかならないだろう。


「なにか……何かいい方法はないだろうか……」


 その日、僕は外が明るくなるまでベッドの上で考え続けるのだった――

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