第8話 奴隷少女の気持ち
帰り道の馬車の中、今日はいろいろあって疲れてしまったのか、スヤスヤと寝息を立てるマルク様の隣に、あたしは静かに座っていた。
この一週間は、あたしにとって全く想像もしていなかった日々だった。
商人に無理やり連れていかれてからマルク様に出会うまで、あたしは地獄の日々を送った。
連れていかれてからお城に来るまで、大体一ヶ月くらいだったかな。その間、あたしはまるで物のように……ううん、それ以上に酷い扱いをされた。
理不尽な理由で暴力を振るわれるのは当たり前。喋る事も許されず、食事をするときは犬のように食べさせられた。見せ物として、殴られて泣き叫んでるところを、貴族達に見られて笑われた事もある。
これから先も、きっと地獄なんだろう。それに、もうお母さんとも会えない……そう思うと、もう生きる希望が無くなって……死んじゃいたいと思っていた。
でも、あたしには救いがあった。
その救いの名は、マルク・ジュラバル様。
彼は王族であるにもかかわらず、あたしのような奴隷に優しく接してくれた。牢屋から出してくれたどころか、ごはんを毎日与えてくれた。それは人生で一番美味しくて、胸が温まるごはんだったと、いまでも鮮明に覚えている。
マルク様はあたしが怯えて泣いていたら、抱きしめて慰めてくれた。それは凄く暖かくて、安心できて……お母さんと一緒にいた時と同じくらい安心できたの。
マルク様はあたしに寝床も与えてくれた。こんなにフカフカな布団がこの世にあるなんて知らなかったあたしは、逆に寝つきにくくて笑っちゃった。でもそれ以上に嬉しくて……マルク様にバレないように、声を出さないように笑いながら泣いた。
でも、きっとこれは一時の幸せにすぎない。だってこの人は王族……あたしに飽きたら、手のひらを返して酷い事をしてくるに違いない。それまでは、最後の幸せを噛みしめよう。
そう思っていたのに……マルク様の溺愛は終わる事は無かった。毎日ごはんをくれるし、いろんな話を聞かせてくれる。どうしても一緒にいられない時は、あたしに危害を加えられないように、万全の状態で守ってくれる。
今日だって、まさかあたしの怪我を診てもらうためにこんな所にまで連れて来てくれるだなんて、思ってもみなかった。
しかも、あたしのために、あんなに身体を張って……痛かったはずだし、恥ずかしかったよね。それでも一切弱音を吐かずに、ずっとあたしの心配をしてくれた。薬の毒味もしてくれて……至れり尽くせりとはこの事だ。
「……ずるいよ、そんなの」
「レナ嬢、何か申されましたか?」
「い、いえ」
対面に座っていたサルヴィさんが、優しく微笑みながら問いかけてきた。この人もあたしの事を虐めずに、優しく接してくれる人だ。
この人の場合は、マルク様の命令に従ってるだけなのかもしれないけど……でも、マルク様がピンチの時や、毒味の時に我先にと身体を張ろうとしたのを見ると、凄くいい人で、マルク様が大事なんだなっていうのがわかる。
「その、ごめんなさい。あたしのせいで……マルク様は酷い目に……」
「お気になさらず。全てはマルク様がお決めになった事ですので。それに、レナ嬢はご存じないでしょうが、あなたが来てからマルク様は変わられました」
「え……?」
「学園に、唯一のご友人がおりましてな。その方と話す時は年相応に笑っているのですが、家にいる時はいつも難しい顔で自室にこもっておりまして。家族とも基本的にそりが合わないせいで、話し相手は私くらいでした」
家族とそりが合わない……それはなんとなく察していた。マルク様は国に住む人達の事を考えていたけど、他の王族は一切そんな感じはしなかった。
なんなら、お城に連れて来られてから三日ほどは地下牢に閉じ込められていたんだけど、そこで国王に酷い事をされたから……。
「ですが、あなたが来られてから、マルク様は家でも笑うようになりました。とても優しい表情を浮かべる様になりました。学園を行き来している時、どんな食べ物ならレナは喜んでくれるか……どんな服ならレナに似合うか……そんな話を、目を輝かせながら話すマルク様を見て、私は大変嬉しゅうございました」
マルク様、あたしの知らないところでそんな話をしていたなんて……どうしよう、嬉しくて顔がにやけちゃうのを止められないよ。
「ですが、それ以上にレナ嬢に申し訳なく思っておられます。自分達のせいでレナ嬢を……民を苦しめてしまっている事を。そして、自分の力の無さを嘆いていました」
「力が無い?」
「はい。マルク様は王族とはいえ、第四王子。どうしても権力は現国王陛下や、王位継承権第一位である、長男のロイ様の方が強いです。末っ子であるマルク様には、その力は無いと言っても過言ではありません」
あたしは王族の事はよくわからないけど、そんな事情があったのね……もしその権力がマルク様にあったら、この国はもっと良くなるんだろうな……。
「レナ嬢。不躾なのは重々承知のうえですが……あなたにお願いがあります」
「なんですか?」
「これから先、どう転ぶかは私にはわかりかねます。ですが、可能な限りで結構ですので……マルク様と、仲良くしていただけると幸いにございます」
「は、はい! こちらこそ、こんな奴隷の身分で恐れ多いですけど……!」
「う~ん……」
あたしが慌てて大きな声を出してしまったせいで、隣で眠っていたマルク様がむにゃむにゃ言い始めてしまった。
疲れてるだろうから寝かせてあげたかったのに……あたしの馬鹿! なんて思っていたら、マルク様の頭があたしの肩に乗っかってきた。
「ま、マルク様?」
「すー……すー……」
寝てる……よね。ど、どうしようこの状況……こんなに異性にピッタリとくっつかれた事なんて無いから緊張しちゃう。サルヴィさんもニコニコしてるだけで助けてくれるそぶりを見せてくれない。
でも……このままでもいいかなーなんて。
だって……こんなに良くして貰ったからか、あたし……マルク様の事を異性として意識し始めちゃってる。この事を知ってもマルク様なら許してくれるだろう。それに、こうしてくっついていると、お母さんと一緒にいた頃を思い出して、胸が暖かくなる。
……お母さん、大丈夫かな……あたしが連れていかれる時に、近所のおじさんが面倒を見るのは任せておけって言ってくれたけど、お薬を買うほどのお金は持っていない。ある程度置いてきたとはいえ、あのお薬がなくなったら……お母さんは……。
「お母さん……」
会いに行きたい。あたしは無事だよって伝えたい。お薬を渡して、少しでも楽になってもらいたい。お母さん……もう一度だけでいいから、会いたいよ……。
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