第4話 いつかの夏に
「死ぬ瞬間に、何を聞きたい?」
そんな話を友人に振られた。普段から音楽をよく聴くという友人は、いつものように好きな曲をヘッドホンで聴いているときにふと考えたのだという。人生で最後に食べたいものは? 一緒にいたい人は? 死期がわかっていたら何をしたい?……エトセトラ。ちまたには似たようなとりとめも無い質問が溢れていて話題にされるが、そういえば音楽の話は聞いたことがない。
「でもね、改めて考えてみると悩むんだよ。死ぬ瞬間に聴きたい音楽ってどんなのだろうね。普段はロックとかも好きだけど、今死ぬって時に聞きたいかというとちょっと違うし……」
「じゃあ、バラード? レクイエムっていうのもあるよね」
「それもそれで、雰囲気作りすぎというか」
言われて私も考える。確かに友人の言うとおり、ロックや激しい曲を今まさに自分が死にます、というときに聞くのは妙な心持ちかもしれない。スマートフォンの中に入れてある曲をひとつひとつ思い浮かべてみるが、どれもこれもしっくりこなかった。
「音楽って考えるから良くないんじゃないかな」
「ふむ?」
私の言葉に、友人が視線をあげる。
「音って考えるとすれば、声でもいいよね」
「ああ……声か。誰か大切な人の声が最後にってのも、確かによくある」
倒れ伏したキャラクターが目を閉じる瞬間、愛した人の声が聞こえるというシーンはよく見るものだ。これは我ながら良い思いつきではないかと口元が緩む。しかし、その満足感も友人の続けた言葉にしょぼんと沈んだ。
「でも、私は誰の声が聞きたいって特に浮かばない」
「……それは」
提案した私自身、じゃあ最後に聞きたいのはこの人の声、というものは思い当たらない。父の声、母の声、目の前にいる友人や、その他今まで共に過ごしてきた誰か……どれも、やはり最後の最後に聞きたいかと言われるとわからないのだ。もし恋人がいたら違うのだろうか。
声も違うのは自分が「寂しい」と分類される人間なのかとも思いつつ、もう一度、別のアプローチで考えてみる。
死ぬ瞬間。
自分がどのように死ぬかはわからないが、これは理想の死を考える想像なのだから、自分がどのようなときに死んだら満足なのかを考えれば良い。
例えば布団の中で。お気に入りのソファーで。もしくは海に入って?
つらつらと考えていく中で、私はふとある光景を思い出した。光景というか、正しくは空気、だろうか。
それは、夏の夕暮れで、ベッドに寝転んだ私は眠りと覚醒の狭間でぼんやりと天井を眺めている。外からは蝉の声と夕焼けのチャイムが聞こえて、少し涼しくなった風が顔を撫でるのを感じていた。
あの瞬間に死ねたら、幸せではないだろうか。夏の一日と一緒に終わる、眠るような終焉。
「……私、浮かんだかも」
「え? どんなの?」
友人の問いかけに笑みだけを返して、もう一度、私は私の死を、理想を夢想した。
私の中の夏で、浮遊感が体を包む。蝉時雨が、遠ざかる。いつか、私はこうして終われるだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます