第6話 シュリット先生の勧誘

あの後、アレンは飛んできたリーバー先生に、文字通り首根っこをつかまれて、リーバー先生の部屋に連れていかれた。


「加減と言うものがわからんのか」


濃い金髪の若い男の姿に戻った先生が腕組みをして、アレンをにらみつけた。怖い。


「全身全霊を傾けて、軟膏を作ることはないだろう」


「だって、色が変わるのが面白くて……」


「家では作らなかったのか? 軟膏くらい見たことあるだろう? みんな緑色をしていたと思うが?」


「軟膏を使うくらいなら、治癒魔法師が来て治してくれました。それに子どもの切り傷くらいなら、自分で治せたので……」


「ビストリッツでは、か……」


先生は呆れてため息をついた。


そして、いつもの椅子にちょこんと座っている痩せぽっちの少女の手を握った。


「魔法力を流してみて?」


「いいんですか?」


先生はうなずいた。


「そんなにヤワじゃないよ」


次の瞬間、先生は電気に撃たれたように飛び上がって手を放した。


「いや、わかった。もう結構」


アレンはぼんやりとして先生の顔を見た。


「ちょっと、聞くがね? どうしていいんですか?って聞いたんだい?」


「家では禁止されていたからです」


「なぜ、禁止されたんだい?」


「一度、兄さまとけんかになって、これをしたら、兄さまが二日程寝込んでしまって」


「なるほど」


先生は握った右手を振っていた。


「これ、絶対やっちゃダメなやつだな。他の生徒から求められても、適当で流すこと」


「はい」


「俺でも地味に痛い」


「……そうですか」


アレンは首を傾げた。


「それからシュリット先生が今後絡んでくると思うが、絶対断る事」


「絡んでくるとは?」


「魔法薬のクラスに入れって言ってくると思うよ。比類なき才能だとか言って」


レッドと同じクラスになるのか。それはそれでいいかもしれない。


言っている間もなく、リーバー先生の部屋のドアを叩く音が聞こえた。


「リーバー先生」


「ちぇっ。来やがった」


先生はあっという間に、白い髭の少しフラフラした様子の老先生に化けた。


同時に部屋の様子が一変したのに、アレンは仰天した。


今までは、だらしない独り者の部屋の典型みたいな部屋だったのが、観葉植物だらけの部屋に変わった。しかもその植物たちは、葉を勝手にゆらゆらと動かして手招きしている。気持ちが悪い。


案の定、やって来たのはシュリット先生だったが、観葉植物の歓迎にはちょっとためらったらしかった。


「相変わらずの部屋ですことね? リーバー先生」


「これは、シュリット先生。お久しぶりですなあ。何かご用件でしたか?」


シュリット先生は鳥類のようなキラキラした目で部屋の中を見渡した。


アレンは見つかりたくなかったので、本で齧った『上級隠ぺい魔法』で自分の存在を消しにかかっていた。


「アレンは? こちらに来ていると聞いたのですけど」


リーバー先生も、自分の部屋を見渡した。


「おやあ?」


部屋の中には誰もいない。ように見えるはずだ。


アレンの上級魔法が成功しているとすればだが。


ダメだ。リーバー先生の目が、自分が部屋のカーテンと同化しているところで停まってすぐに逸らされた。


しかし、シュリット先生にはわからなかったらしい。


「アレンなら、返しましたですよ? 今日はシュリット先生のところで騒ぎを起こしたそうですので、そんなことはもう二度と起こさないよう説教しました」


シュリット先生はキッとなった。


「なんですって? 何回でも起こして欲しいものですわ! 見てください。天井から採取しましたの!」


リーバー先生は年寄りらしくメガネをずらして見せた。


「なんですかな? これは?」


わからないの?みたいな雰囲気が魔女のシュリット先生から沸き上がったが、そこは無視した。


「いいですか? 門外漢の方にはわからないかもしれませんが、特級の軟膏の上を行きます!」


「ほう?」


「見てわかりませんか? ほら、キラキラしている」


先生は目より上にガラスの瓶を持ち上げて、透かして見た。ほれぼれとしている。


「いっぺんで天井のシミが治りました」


「人のほかにも天井にも効果がある軟膏は聞いたことがないが」


「穴もふさがって」


「万能薬ですな」


「これなら3万の値段がつきます」


「アレンのお金じゃないですか?」


この一言だけはアレンにとって新鮮だった。すごい。


「とにかく、こんな才能は見たことがありませんわ。ぜひとも、魔法薬のクラスに付けてくださらないと」


お金は? 代金はどうなるの?


「えーと、シュリット先生」


ボンヤリとした様子で、リーバー先生が言いだした。


「議論の余地などありませんわ!」


「でも」


「絶対ですわよ?」


「他の授業でも才能を発揮するかも知れませんよね?」


リーバー先生のメガネの奥の目が、結構冷たいことに、初めてアレンは気がついた。


「ここまで突出した才能を示す生徒が、他の科目にも才能があるだなんて考えられません。そんな能力はまるで人外ではありませんか!」


「人外とはまた……」


リーバー先生は、よろよろしたその見かけに反して、決してシュリット先生ごときに押し流されるような人物でないことははっきりしてきた。シュリット先生にそれが伝わったかどうかは不明だが。


「とにかく本人の希望もありますし、他の授業も一応受けさせましょうぞ」


「ここにアレンがいないなら、用事はありませんわ。魔法薬にあれだけの才能を発揮するなら選択の余地はないでしょう!」


「はあ……」


バタンとドアが閉まると、途端にリーバー先生は若い男の姿に戻ってため息を漏らし、部屋は元の汚い部屋に戻った。


そしてアレンはカーテンに同化していた姿を解いた。


「ねえ」


リーバー先生は恨めしそうな目つきでアレンを見て聞いた。


「本だけで、その上級魔法覚えたの?」


「え? ええ」


「そう。えらいね。だけど、魔法力をすごく食ってない?」


「疲れます」


「俺の老先生の姿は君から見るとどう見えるの?」


「二重に。二重に見えます」


「あー。そうだったんだ」


「本体の周りをウロチョロしています。最初は、老先生しか見えませんでしたけど」


「ああ。君の魔法力が破格だってことはわかったよ」


先生は疲れたように言った。


「どうしようもないね。どうしたもんだか」












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