追憶に消える花
薄星
追憶に消える花
美しいものは、いつも身の回りにあふれていて。
だけど、その美しいものに、気づくことは難しい。
だが不意に、懐かしい嗅いだ覚えのある香りがほわっと鼻をかすめるような、
周波数が合いノイズが消えるような、急に感じ取るものが明瞭になるときがある。
それは感じ取れるもの全てにではないが、何か一つの、その存在に対して、はっきりとその美しさを認識できる。
あの日もそうだった。
それはある仕事の帰り道。
電車の人身事故があり、電車は遅れ、帰りは遅くなり、無心でいようと努めていた時だ。
たとえいつもと時間が変わろうと、することは何一つ変わらず、電車を待ち、来れば乗り込み、並んでは本を読み待つ。
そう変わらぬ日々の一場面だった。
あの娘がそこに居た、ということ以外は。
その娘は電車のドアの前に佇んで、青白い流れる景色をじっと眺めていた。
なぜ私は、この少女に瞳を奪われてしまったのか。
何が違うか?まずは服装だ。
大抵の電車に乗る女性という者は、女性らしい柔らかい印象を持たせる可愛らしい服装や、パンツを履いたスタイリッシュにまとめた服装など、
上から下まで完全に計算されたような、誰かに見せるためのマネキンが着ているような服装をしている人が多い。
だが彼女は違った、白いシャツの上に白いニットを被せ、下は動きやすそうなジーパン。
その下の靴は履きなれたような白と黒のスニーカーで、白の部分が少し黒くなっていた。
耳には白いブルートゥースのイヤホンを刺し、そして分厚いレンズのメガネを掛けていた。
飾り気のない、動きやすさ、着やすさを重視した服装だ。
そのような服装をしている人は他にもいるかもしれないが、それを彼女が着ているからこそ、
その美しさがあった。
いったい何を聞き、いったい何を見て、いったい何を好むのか。
どのような声で、どのような喋り方で、どのような表情で、どのような話をするのか。
私は彼女の事がたまらなく知りたくなった。
たとえ知ることが出来なくとも、また会えたなら。
その美しい姿を捉えた写真さえあれば、このときめきを感じる事ができる。
しかし、それは叶わないことだ。
今まで何度も出会い、そして別れ、過去の記憶へと消えていった。
不意に追想したとしても、もうその時のときめきを感じる事はできない。
それに気づいた時、どうしようもなく惜しく、この娘の存在がせめてながく残存するようにと願った。
幸運にも、下車する駅は同じ最寄り駅であり、同じ駅を利用することを知れた。
もし再びその姿を拝むことができた時、服装が違おうと、体が成長していようと、あの時の君だとわかるようでいたい。
追憶に消える花 薄星 @marou410
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