第十章 藤堂不妃の場合5

 わたしには夢があった。音楽で食べていきたいって気持ち。幼少の頃からオリジナル曲を作り、最近ではそれをネットに上げ始めた。多少の手応えを感じた。

 ――足りない。

 一人でやることには限界を感じていた。理由は簡単で追い詰められていないから。一人でやってるとどうしても自分に甘えが出てくる。曲を作ろう。いついつまででいーや。ここを何とかしよう。今日はここまででいーやってな具合で。

 PCを使って打ち込み駆使して曲を作るのも勉強になるんだけど、まだ十代のわたしは己の人生経験の少なさもあって、自分に対してのそういう甘えみたいな物に打ち勝つ術は持っていない。気持ちじゃどうにもならないことだってあるのだ。

 だから去年バンドを組むことにした。

 他人のアイディアも取り入れたかったからね。

 学校の誰がどういう楽器が出来るとかそういう情報はすぐに手に入れられた。わたしは学年問わず色んな子に手を出してたから、別れた子や遊んでる子の中にも楽器出来る子はいたし、楽器出来る子知ってる? って言えばみんな簡単に教えてくれた。やってみたいって言ってくれる子も中にはいた。

 そうして五人が揃った。

 バンド活動は順調だった。

 やっぱり一人でやるのと大勢でやるのは大違いで。わたしが幾ら幼い頃からギターやってようが、上手い子がいればわたしだって焦るし、逆に下手な子がいれば、アドバイスしてあげたり、助け合うことで、自分を高められたし、成長を実感できた。

 この仲間でやっていきたい。これなら上手くいく。メンバーがわたしの曲を好きって言ってくれるのは素直に嬉しかった。

 だけど、まだ足りない。


 一人でやってる時に比べて、オリジナル曲のアイディアはたくさん出てきた。でも手が止まることだってあった。

 欲が出た。

 人間ってのは追い詰められれば追い詰められる程、限られた時間の中でどうにかしようと脳みそをフル回転させる生き物だ。そういう時の方がアイディアは豊富に出てくる。ビートルズとかがそうであるように、彼らは当時めちゃくちゃに忙しい中で、ああして日々名曲を世に送り出していた。並大抵の物じゃなかっただろう。著名な数多くのミュージシャンがそうであるように。わたしは全盛期という言葉は当事者が死ぬ程忙しい状況下でこそ生まれる物だと思っている。人間暇になると腐る。腐り果てる。

 寡作。何年に一度の作品。云年掛けた集大成。なんて言葉は信用してない。死ぬ気でやれ。そう、自分に言い聞かせた。

 ――だから、もう一つバンドを始めることにした。

 円たちには内緒だったけど、steadyの皆には言っていた。

「ね! も一個バンドやりたいんだけどいい!?」

「はあ……? べつにいいんじゃない?」「こっちに迷惑掛からないんなら」「別に個人のことに口出しはしないけど」「何言ったって無駄そうだからどうでもいい」


 ……まあでも、もうちょっと止めてくれてもいいんじゃない? って思ったもんよ。




 ロックンロールは、セックス・暴力・ドラッグとか、世の中への不満とか、政治への不満ってのが切っても切り離せない関係にある。一概には言えないんだろうけど、わたしはその意見に全面的に同意してる。

 衝動。

 自分の内から湧き出る叫び。

 不満。

 感情の発露がやがて大きなうねりを呼んでそれが人々の心に刺さるんだ。突き動かされる。

 わたしにとってはこの二足草鞋とも言える生活こそが。

 恋愛でもそうだ。

 ……もしかしたら、わたしはレズビアンという己の性癖に酔っているのかもしれない。当たり前じゃない。それはわたしのアイデンティティなのかもしれない。いけないいけないと思いつつも、気に入った女の子に手を出してしまう。

 そんな自分が好きだった。

 円たちと……THE GIRLSの皆と一緒に練習している時、皆の笑顔を見ている時、そんな空間で一緒に笑い合っている時にこそ、アイディアや曲はたくさん浮かんできた。


 ――背徳感がエネルギーになった。




 ステージの幕があがった瞬間の、四人の呆然とした表情は今でも忘れられない。

 あの顔! あの顔! あの顔!

 ふふ。

 本当に堪らなかった。ぞくぞくした。

 藍と寧々と樹里亜ちゃんのあの時の顔なんてもう……。

 それでもTHE GIRLSの皆とは可能な限り視線は合わさないようにしてたけど、円とだけは一度視線がばっちりと合ってしまった。




 敵意満々だったね。

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