第十章 藤堂不妃の場合3

 寧々はまあ――魔が差したってやつだよね。


 距離取ってたのにねー。一度離れたのにもう一度近づいちゃうとねー。どうしてもね。ムラムラきちゃうっていうか。始めはその気無かったんだろうけどね、お互い。そのうちね。寧々もその気になってたし、わたしも良いかなって。


 ま、今の彼女は彼女でいたし、本気になることは無かったんだけど。


 でも、バンドに関しては寧々には悪いことしたな。

 課題曲を決めたあの日、寧々はファミレスでシティポップスをやりたがっていた。山下達郎とかあの辺だったよね。確か。

 シティポップ――七〇年代八〇年代に掛けて日本で流行った洗練されたムーディな音楽。都会の夜のドライブで聴きたくなるような大人なポップス。日本のロックの黎明期を支えた非常に重要な存在でもある。

 ただねえ……あの畑の人ってめっちゃ上手いのよ。シティポップスとか昔っからあるから今の曲より簡単なんじゃないの? 昔より今の方が技術としては上なんでしょ? 時代を経てるんだよ? って、誤解されがちなんだけど、技術的に物凄い難しいことをやってるスーパーエンターテイメント集団だったりするのよ。初心者のわたしたちにはまず無理よ。雰囲気出すのがなかなか難しい。

 わたしが難しいと告げると、他の曲を挙げようとした。そこへ樹里亜ちゃんがやってきて、寧々の意見は流れて、最後まで寧々は何も言わずに終わり、課題曲は決まってしまった。

 寧々が比較的最近のJPOPを好きなのは知っていた。今時の曲が好きな普通の子だしね。言いたそうにしてるのもなんとなくわかった。けど、わかった上で敢えて無視した。


 言ったじゃん。わたしの趣味のバンドだって。

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