第九章 小牧円の場合9

「そういえば衣装って制服で良いんですか?」


「そりゃ制服っしょ! 制服のがそれっぽいじゃん。あたしそこは譲れないね。なに? 樹里亜なんか着たい服でもあんの?」

「これです」

「だっさ。なにその年代物の革ジャン。どっから拾ってきたの?」

「……お爺ちゃんの私物です」

 藍はいつの間にか樹里亜にちゃん付けしなくなっていた。そして、藍がわたしの家に用もないのに遊びに来ることが増えた。

 大柄のお爺ちゃんの革ジャンを小柄な樹里亜が着る。……なんかジャンパーみたい…………んん? でもお爺ちゃんって、そんなの持ってたっけ? ロックは確かに好きな人だったけど、こういう如何にもみたいな服は持ってなかったような……。

 それにしても……動きづらくない? 革ジャンってもっとぴっちりしてた方が格好良いと思うんだけど、これは……。

 樹里亜が満足してるっぽいので、わたしも藍もそれ以上何も言わずにおいた。

「それにしても明日かあ」

 藍が学校からそのまま持って帰ってきたベースをペケペケと鳴らした。

「そうだね……」

「円は踊ってよ。本番」

「もう。分かったよう」

 まだ言ってくる。てかいつも言ってくる。さっちゃんとうっちゃんの手前逃げられなくなってるけど、わたし自身そっちの方が調子出るからやるつもりだ。

 盛り上がるんなら。まあ。やってもいいかな。

「心配なのは寧々」

 樹里亜が呟いた。そう。よっちゃんはこの期に及んでまだ曲を覚えていなかった。弾けてなかった内の一曲は覚えたようだが、もう一曲、割と原曲でもキーボードパートが目立ってる曲の方はこの前の練習でも苦戦していた。

「そういうお前はどうなんだよ。本番でトチるんじゃねーぞ」

「私は完璧です! 藍先輩の方こそ!」

「あたしだって完璧です! 樹里亜先輩の方こそ!」

「真似しないで下さい!!」

 まあね。割とミスるからね、樹里亜。一回わかんなくなると立て直すのに止まるし。完璧だと思ってた樹里亜の意外な一面。緊張しいらしい。

 わたしは樹里亜を勇気付けるつもりで言った。

「まあ、なにはともあれ、明日の今頃にはもう演奏終えてるんだし、笑っても泣いても精一杯頑張ろうよ。わたしも頑張って歌うからさ。なんなら思いっきり踊ったっていいし」

 藍と樹里亜がぽかんとした顔して見ていた。

「……なに?」

「いやあ。言うようになったなあ、と思って」

「はい。お姉ちゃんの癖に」

「……ぶう」


 皆笑った。良い雰囲気だ。

 これが続けばいい。

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