第八章 小牧円の場合7
練習は滞りなく進んでいた。
せっかくの休日、普通の女子高生なら街へ遊びに出たり、計画を立ててどこか遠出をしたりするんだろうけど、わたしたちはいつもそこに集まっていた。今日も午前中からそこに集まっている。今は、不妃の家のガレージこそがわたしたちにとっての遊び場だった。
「すごいね円! いつの間にめっちゃ歌えるようになってんね!」
ジャーンッ! うわんうわんうわん(だんだん小さくなっていく音)……みたいな感じでギターの最後の音が綺麗に決まり、不妃がすっと顔をあげた。不妃の瞳はあの――バンド組まないって、言ってくれた時みたいにキラキラと輝いている。
久しぶりに距離が近い。わたしは興奮する不妃をどうどうと両手で抑える。
彼女がわたしに求めていたもの、それに近づけた気がした。
嬉しい、という気持ちより、安堵って気持ちだけど。
「あはは……ありがとう。藍と樹里亜のお陰かな……特訓したし」
ちら、と藍と樹里亜を見る。二人とも額に流れた汗を拭っていた。
暦の上では秋なのに、今年は例年になく暑い。残暑も長引く予定で、秋を感じることなく冬に突入してしまう、とテレビでも言っているくらいには。身体全体を動かす樹里亜なんかは特に暑そうだ。ガレージにエアコンなんて物は無くて、業務用の扇風機が休まず首を振っていた。楽器屋に備えてあるスタジオ――とやらに入ればもっと涼しく、且つがっつり音を鳴らせる環境でやれるらしいんだけど、皆そんなお金持ってないし、場所があるんだったら行く必要無いじゃんって結論になっている。不妃もずっとここ使えばいいじゃんってしきりに言ってる。
「特訓? なにそれ?」
「ううん。なんでも」
「そんなんで満足してもらっても困るね」
「そうですね。お姉ちゃん、家で歌う時みたいに踊って歌って。本番でもあの変な踊りやってよ」
「踊るのはちょっと………………ていうかべつに変じゃないよ!」
「変じゃないならいいでしょ」
最近、藍と樹里亜に二人して責められることが多くなった。嫌じゃないんだけど、こういうノリみたいなものに対してはどう返すのが正解なのかわかんない。藍も樹里亜もわたしと違って友達多いしそういうの慣れっこかもしんないけどさ。
強く否定するのも変な空気になるし、優しく否定するのも気まずい感じになるし、だけど二人はわたしの為を思って言ってくれてるし……実際、やってみたら上手くいくのかもしれないけど、やるのはやっぱり抵抗がある……こういうのって難しいよね。
こうやって変なところ考えすぎちゃうのがわたしの悪いところかもしれないけどさ。ごちゃごちゃ考えず、バーン! ってやってみたら、不妃や藍や樹里亜みたいになれるのかもしれないけどさ。
それでも。
「そう? わたしは好きだけど。あの踊り。じゃ、ちゃっちゃっと二曲目と三曲目やってお昼食べに行こ」
そんな感じでごちゃごちゃ考えてたわたしに藍が言った。
藍のその言葉を合図に、樹里亜がドラムスティックを鳴らしてカウントに入る。
わたしはいつもなら絶対に失敗しない筈の歌い出しを失敗する。
「やっぱ踊んないからだよーつぶらー」
冗談交じりで藍から注意されて、わたしは何も言い返せなかった。
「あたしビッグマック」「わたしてりやき」「んー。不妃と一緒で」「お姉ちゃんなに頼むの?」「樹里亜は?」「いいから。何食べるの?」「え……? この新しいやつ」「じゃ、私もそれで」
街に行く必要ないじゃんとか言っていたわたしたちだったけど、藍が一言「あたしマック食べたい」なんて言い出したから、結局みんなで街へ出てきた。
お小遣いもう残り少ないのは分かってるんだけど、こういう場所に来るとなんだかんだで高いやつ頼んじゃうのは何でなんだろう?
皆でテーブルに着いてハンバーガーを食べる。こういうのしたことなかったから新鮮だ。
「藍、もう全部覚えたんだね、曲。結構難しいとこ無かった?」
「あったけどね。さっき最後やった曲のBメロ、だーらら、ららら~のとことか一番と二番で微妙に違ったりで超大変だったよ。そういう寧々ちんは? さっき途中から弾いてなかったよね?」
藍の指摘にはわたしも気づいていた。あ、よっちゃん弾くのやめたって。
「んー。さっき最後やったアレと、後はもう一曲覚えてないかな。ちょっと覚えにくいとこあるんだよね。ま、これからかな」
まあ、後二週間はあるし……って。あと二週間しかなかった。
大丈夫かな?
そう思ってよっちゃんを見ると、よっちゃんと目が合った。見つめ合うこと暫し。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
と、言って席を立つ。
「どったの? あれ。なんか練習中も元気なくなかった?」
「さあ……」
「そうだったっけ? 変わんなくない?」
わたしは、藍と顔を見合わせる。不妃には伝わってないようだ。
さっきも今も、ほんの些細な、一見すれば見逃しがちなことかもしれないけど、どこかよっちゃんの纏う雰囲気とか、言葉に棘があった。普通の人ならもっとわかりやすいんだろうけど、よっちゃんはそういうの隠すの本当に上手だからなあ。
子供の頃もよくあった。後々本人に聞いたら実はあの時凄いムカついてたって。その時は全然気付かないんだけど。言われてみれば? おかしかったかなあ? って感じで。
ずっと一緒にいるわたしは兎も角、付き合いの短そうな藍が気づくのは意外だった。
「でさあ、さっき言ってた円の踊りってなんなの?」
トイレから戻ってきたよっちゃんが言う。今さっきわたしたちがしていた会話なんて感じさせない雰囲気。
「えー。よっちゃんまでー……」
「そーだよつぶらー。どうせならこの後の練習でやってみりゃいいじゃん。それでなんか上手いこと嵌りそうなら本番でもやるべきだし」
「まあ……藍もそう言うなら……やってもいいけど……」
それでその場は流れた。
不妃は窓の外を眺め、樹里亜はそんな不妃をじっと見つめていた。
窓の外にはわたしたちと同世代くらいの集団が歩いていた。なんかどの子も見たことある。ひょっとしてあれがわたしたちのライバルってやつかな。前にいる二人は背中にギターとベースっぽいの背負ってるし。同じ学校の子、かな? 可愛い子たちばっかりだ。どっちにしても、やっぱり不妃ってそっちの趣味があるんだろうな。
お昼を食べ終え、ガレージに戻った。その日、不妃が用事があるとかで、バンド練習は予定より二時間程早く終了を迎えた。
話題に上った三曲目――よっちゃんはキーボードに詳しくないわたしが分かるくらいに、原曲のキーボードパートを簡略化して弾いていた。
わたしは踊った。なんだか知らないけど皆にウケた。
よっちゃんも笑ってた。たぶん。
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