第八章 小牧円の場合6

「話があるってなに?」


 藍が樹里亜に向かって訊いた。放課後で人もまばらとはいえ、自分の教室に妹がいるのはなんとなく恥ずかしい。というかこの集団、傍から見ると組み合わせが不思議で結構目立つ。わたしは目立たないよう、椅子の位置をズラして座り直した。

「文化祭でのバンド発表の許可を取ってあるのは前に言いましたよね? 場所は体育館で、一日目の午前十一時からになります」

「それは聞いたって」

「はい。で。文化祭の運営委員の方からバンド名を事前に提出して下さいと言われました。とりあえず保留にしてあるんですが、私たちのバンド名ってまだ決まってなかったですよね?」

「あーたしかに。バンド名ね。不妃、実はもう決まってたりする?」

「しないよー。正直、わたしなんでもいいから適当に決めてもらっても構わないよー」

 不妃は本当に何でも良さそうに言った。脚を組んで、ひらひらと手をわたしたちに向ける。そんな不妃の態度が不満だったのか樹里亜が唸った。

「むう。ちゃんと考えて下さい! 大事なバンド名ですよ? これから先も使うことになる名前なんですから。学生時代に決めた名前を後々まで使うバンドだって多いんですよ!」

「後々って」

「ねえ」

 樹里亜はわたしでもびっくりするくらいにバンドに夢中になっていた。以前より頻度は減ったとはいえ(行かないのは、藍が家に来る日だ)、それでも足繁く不妃の家に通い、ドラム練習をしている。

 わたしも、最近やっと練習でも歌えるようになってきて手応えを感じていたけれど、わたしと違って樹里亜はその先を見据えてるんじゃないかな、となんとなく思っていた。

 アマチュアなのかプロなのかわかんないけど、文化祭の一発だけでバンドを終わらせるつもりは無いんじゃないかな。まあ、でもわたしも樹里亜と同じ気持ちかも。もったいないよね。それに……そんな友達、今後一生わたしに出来そうにないし。余計に手放したくないって気持ちもある。

 藍はそんな樹里亜を微笑ましげに見ていた。馬鹿にしてるわけじゃなくって、そんな風に、言える、言っちゃう樹里亜を羨ましい……は、言い過ぎかな――柔らかい表情で見つめていた。

 よっちゃんはどっか馬鹿にしてる感じが伝わってきた。そんな風に笑わなくてもいいのに。よっちゃんのそういうとこ嫌い! ぶう。

 わたしは知っている。たぶんこの中の誰よりも藍の上達が早いって。

 勿論、バンドを始めた時のスタート地点の違いとかもあるけど、それでもわたしにあんなに真剣になってくれたり、――たまに言動が突飛なだけで――実は凄い良い子なんじゃないかなって思ってる。

 人間性に惹かれていた。

「…………」

「で、さっきから黙りこくってるけどお姉ちゃんは?」

「えっ!? ええっと!?」

「なに赤くなってんの?」

「ち、違うっ!」

「なにが違うの?」

 藍に突っ込まれ慌てて否定した。けど、余計不自然な感じになる。

 そんなわたしを見て、藍が喉の奥でくつくつ音を立てるように笑った。蓮っ葉というか「ふっ」とか「にやり」みたいな、ようはさっきみたいな笑いが多い藍だけど、本気で笑うと今みたいな感じになる。

 わたしはそれを引き出せると、少し誇らしい気持ちになって、ちょっぴり嬉しくなったりする。

「もう、二人でコントやってないで。なんかあるの? ないの?」

「仲良くなったよねー二人とも」

 からかうような不妃の言葉に余計に恥ずかしくなった。もう顔真っ赤。わたしはなんとか挽回しようと無いアイディアを捻り出す。この感じだとみんな無さそうなんだもん。

「え、えーっと……が、ガールズバンド、とか?」

「あんちょくー」

「もっと頭捻れよなーつぶらー」

 不妃と藍が冗談っぽくからかってくる。え、良いと思ったのに。それなら。

「バンギャル?」

「それ、意味ちげーだろーつぶらー。つーかギャルって玉かよー。自分見て物言えよー」

「お姉ちゃん、もっと真剣に考えて」

 なんで樹里亜にまで責められなきゃいけないんだろう。ていうか皆ももっと意見出してくれればいいのに。じゃあ……。


「…………THE GIRLS(ザ・ガールズ)……とか……」


「なんでもかんでもTHE付ければいいってもんじゃないぞーつぶらー」

「なんか今は良いけど後々後悔しそう」

「きみら良い歳こいていつまでガールズ名乗ってんねーん、って?」

 よっちゃんと不妃の言葉に、藍がお腹を抱えて爆笑し、樹里亜までくすっと笑った。

「ぶう」

「拗ねんなよーつぶらー。ていうかぶっちゃけ最後の気に入ってたっしょ? 言う時、ちょい溜めてたし」

「き、気に入ってなんか、」

 藍が腕を首に絡めてきた。ショートカットの髪が頬をくすぐる。ちょっといい匂いがした。

「ないけど……」

「……じゃ、いっか。それで決まりで。ね?」

 横から顔を覗き込んできた藍は、それこそわたしのその表情を見て、言葉を溜めるみたいに言った。皆も、

「お姉ちゃんがいいならいい」

「わたしは最初からなんでも良いって言ってるからね。でもいいんじゃない?」

「私も皆が良いなら良いよ?」

 みたいに言ってくれる。半ばこれ以上出てこなくて妥協した感満載で、よっちゃんとかあからさまにいつもと同じで周りにただ流されただけだったけど、わたしはわたしの意見が通ったことがなんとなく嬉しい。

 こんな風に自分の意見を通すことなんて今まで無かったから。

 それは藍のお陰もあるんだけど、初めて勇気を出して不妃に話しかけたあの日から、わたしはわたしの人生が自分で思うように切り開けていると感じている。手応えというか、自分の力で進んでる感覚が胸の内で沸き起こっている。

「じゃ、円も満足したところで」

「そうですね。お姉ちゃんも満足したようですし、私はこれで文化祭実行委員に報告してきます」

 ……なんかわたしのせいでバンド名付けるの難航してたみたいな雰囲気漂ってるけど、なんで? 違くない?

 と、そこで教室を出て行こうとした樹里亜が、こちらを振り返って付け足すように言った。

「そうですそうです。確か、私たちはステージ一番目みたいですよ?」


「一番目? 他にもいるの?」


 よっちゃんが訊いた。

「そんなたくさんってわけじゃないです。バンドは私たちも入れて二組ですね。もう一つは活動歴が長い学年混交バンド――だそうです。まあ、その後もステージ詰まってるみたいなので、当初の予定通り、演奏出来て五曲のようですね」

「まあ、これ以上曲増えるのは御免だけど――そう……私たち以外にもいたんだね。バンドやってる人たち」

「ライバル登場じゃん!」

「はい。負けられません」

 藍に頷き、今度こそ樹里亜は教室を出て行った。

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