第一章 小牧円の場合3

「お姉ちゃんうるさい!」


 踊って歌ってたらクレームが来た。

「………………………………………………………………」

 わたしは即座にレコードプレーヤーの停止スイッチを押した。針が上がって音楽も止まる。口を手で抑えてピシっと固まり、自分が仏像にでもなったように音一つ発生させまいとする。

「お姉さん?」「じゅりちゃんのお姉さんてどんな人?」「洋楽だ」「なんかかっこいいね」「めっちゃ大声。うけるんだけど」

 妹の友達だろう。でくでくと廊下を歩む音に合わせて、女子中学生たちの姦しい会話が聞こえてくる。

「……行こう」

 わたしは、妹がほんの少し苦手だ。

 妹はわたしよりも勉強が出来て、運動能力が優れていて、友達がたくさんいて、言うべき所ははっきり言っちゃう、正にわたしとは正反対の子だったから。それはもう妹のせいでわたしのコンプレックス精神が刺激されたと言っても過言ではないかもしれない。

 妹の友達が部屋にやってくると、防音性さっぱりな我が家では会話が丸聞こえになる。いつも落ち着けない。

 そんな時、わたしは宛てもなくどこかへ行くことにしている。


「ここでお気に入りのカフェとかあれば格好もつくんだけど」

 自転車に跨り、宛てもなくただ妹の友達がいなくなるのを待つだけの時間稼ぎみたいな旅。

 時間を無為に過ごしていると本当に思う。

 風は心地いいし、天気もよくって、サイクリングには最適だけど、こういう安らぎの時間って、懸命に何かに打ち込んでいる人が不意にやる分には、凄い良い気分転換になるんだろうけど、わたしの場合、ただ暇を持て余しているだけだから安らぎもへったくれもない。

 ただ貴重な学生時代を無駄に消化している焦燥感ばかりが溢れて消える。

 お金もないのに、興味あるお店なんて入ったら、物欲が刺激されて余計惨めになるだけだからわたしはどこにも寄らない。

 グッと身体を持ち上げた。立ち漕ぎだ。坂道だけど。真っ白な大きい雲に向かって走るのは、青春って感じでちょっと気分が回復する。

「ワーイ、ホースェ~」

 あはは。

 この自転車がバイクとかだったら格好つくのかな。

 わたし、このままコンプレックスを抱えたまま、一生モラトリアムに囚われた子供大人みたいにになりそう。

「それ、ストーンズ?」

 びっくう!

「――あいったあッ!!」

 電柱に激突した。

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