第一章 小牧円の場合1

「どうしたの? 突然」

 凄い勢いで机に手を突かれたものだから、顔を伏したままだったわたしの体が体感三センチ跳ね上がった。

 顔を上げればよっちゃんがいた。

 四ツ谷寧々(よつやねね)。友だちであり幼馴染。ご近所さん。

 少し派手好きな子で、肩まで切り揃えられた髪は赤茶になっている。机に突いた手を見れば、爪が透明なマニキュアで塗られ、ツヤツヤと光っていた。

「……なにが?」

 億劫だった。ここから面倒くさい言い訳やら建前やらそんなのが待ち受けてると思うと気が滅入った。現実に引き戻された気分。

「なにがって。突然不妃……さんなんかと話して」

「なんかって」

 よっちゃんの声は良く通る上に、感情が高ぶると声が少しだけ大きくなる。クラスの子たちの視線が集まるのを感じた。いつものことなのに、今はそれがとてつもなく面倒に感じる。

「やめなよ」

「なにを?」

「っ」

 黙った。

 よっちゃんはよくわたしに干渉してくる。おせっかい焼き。嬉しいけれど、友達多いよっちゃんには、わたしや不妃さんみたいな子の気持ちってわかんないと思う。

 今だって、クラスの女子に漂う『藤堂不妃は無視しよう』という暗黙の了解を直接口に出して明言してしまうことを避けたのだろう。要はいじめの加害者になってしまうことを恐れたのだ。自分はクラスの空気に粛々と従っているだけです、って側にいたいのだ。

 本当。

 なんだってわたしはこの子と十年も一緒にいるんだろうと不思議に思うことはある。

 絶交の機会なんて数え切れない程あったし、掴み合いの喧嘩にまで発展したこともあるんだけど、何故か『絶交』の二文字だけはわたしもよっちゃんも触れたことはない。

 離れるのは怖いのか。

 わからないけど。

「なんでもないよ、別に。少し用事があっただけ」

「うん」

 なにが「うん」なんだか。

 わたしはじっとよっちゃんを見た。

 既に腕枕はやめて、自分の机に肘を付き、そこに顎を乗せた。

 視線が絡み、それが二十秒程続いた辺りで、どちらからともなく吹き出す。

「ぷっ」

「ふっ……くっ……!」

 お互い笑いあったことでそれとなくわたしたちの様子を伺っていた女子と男子の空気が弛緩する。いつものじゃれ合いだと思われたのだろう。

「で、なんの話だっけ?」

「えー、忘れちゃった」

 こういう気まずいことになるとその話題を避けちゃう辺り、本当によっちゃんだ。自分から言っといてさ。

 始業を知らせるチャイムが鳴った。わたしたちは何となく頭上を見ると、お互い「じゃね」と、手を振って別れた。


 教師が入ってくる直前になって、不妃さんは戻ってきた。

 お互いちらりと目線だけ合わせて、そのあとは言葉も交わさない。

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