THE GIRLS

水乃戸あみ

序章 藤堂不妃

 藤堂不妃(とうどうふき)はクラス中の女子から嫌われていた。


 スカートは校則通りの膝下で、筆記用具は必ず鉛筆を使い、食べる時はぴったりと手を合わせていただきます。ピンと伸ばした背筋、流れるような黒髪。傍で見ていてどこか態度が余所余所しい。だけどその美貌のせいもあるのか、クラスの男子たちはどこか不妃を気にしていて――お嬢様というか腫れ物というか――兎に角、そんな藤堂不妃は女子たちからの嫉妬とやっかみを受けるのには十分な存在だった。

 鼻についたんだろう。

 いじめ――なんて言っても、片田舎の女子高校生が行ういじめなんて可愛いもので、無視かちょっと仲間外れにするくらい――間違っても、殴る蹴る物を隠すなんていう方法にいかない感じ『このくらいならいい』『これはいじめじゃなくて、ただ無視しているだけ』という女子たちの甘い線引が透けて見えるようだった。

 

 もちろん、藤堂不妃は応えない。


 というより、あれは気づいていないのか。

 それとも気づいた上で敢えて無視しているのか。

 落ち込んだり塞ぎ込んだりする風でもない。一日中スマホを眺めっぱなしってわけでもない。自分の席に座って、楽しそうに窓の外を眺めて鼻歌を歌ってるか、指でトントンと机を叩いてリズムを刻むその姿は本当に楽しそうで……そんな彼女を無視することに、次第にしらけた空気が漂っていた。

 だからと言うわけでもないけれど。


 わたしは話しかけていた。


 二時間目の休み時間、十五分休憩に入ったところ。

 席替えで隣になったときのこと。席は一番後方の窓際だったし、他の女子たちから見られる心配もないし、わたし自身クラスのつまんない空気に従うのが馬鹿らしくなっていたというのも勿論あったけれど。

「不妃さんってすごいよね」

 隣を見て話すことが何故か気恥ずかしかった。

 わたしは腕枕をして、顔を少しだけ持ち上げ、口元を隠していたものだから、声がくぐもっていて、ともすればその呟きは聞こえなかったかもしれない。

 いけないことをしている感じに内心びびってもいた。聞こえなくても構わない、とも。

 ただ話し掛けるだけなのに。

「……どうして?」

 聞こえていた。

 ふと、隣を見れば思ったよりも顔が近くにあってびっくりした。

 腕枕したわたしを覗き込むようにしている。

「――あれ?」

「どうしたの?」

 質問には答えず、わたしは気づいたことを口にしていた。

「目の色が違う」

 ここまで近づかなければわからなかっただろう。

 よくよく見れば彼女は左右で目の色が違った。右が黒、左が焦げ茶というくらいな微妙な、ほんの些細な違いだったけれど。

「ああ、これねー。べつにおとんとおかんが外人ってわけじゃないよー。なんかね。先天的なあれだって」

 おとんとおかん。

 不妃さんが男子に人気な理由はその美貌だけじゃない。見た目に似合わず、喋り方がどこか砕けているのだ。たまに独特なワードが飛び出すのが男子には人気らしい。男子のことを不妃さんはどこか適当に相手をしているようだったけど。

「おとん、おかんって」

 くすくすとわたしは笑う。

「おとんが関西人なんや。ま、私はバリバリ標準語じゃけんねー。おとんって呼びはおとんから感染ったっちゃ。ま、デビッドボウイみたいでかっこええやん」

「ふっ……くっ……」

 やばい。つぼに入った。明らかに適当に喋っているだろう方言と、見た目お嬢様然としている不妃さんのギャップがおかしかった。

 ……ん? それよりもデビッドボウイ?

 デビットボウイ。イギリスのカリスマ的なミュージシャン。音楽分野のみならず芸術方面にも影響を及ぼしたとされる人物。ロックンロールという分野において、多大な影響力をもった人物ではあるものの、女子高生が口にするには若干の違和感があった。

 気になる。が、

 その時、不妃さんの肩越しに友だちのよっちゃんが見えた。わたしと不妃さんが話しているのが珍しかったのか、目をぱちくりさせていた。

「ばっ」

「ば?」

 やばっと言いかけた。幸い『ば』としか聞こえなかったようだが、不妃さんと仲良くしているところを見られたら、今度はわたしがいじめの対象に合うだろうか? そんな思いが胸に沸き起こる。でも、そんなことを気にしている自分が酷くちっぽけな存在に思え、わたしは無理やりそのまま会話を続けることにした。

「ば、――ばー……バラエティ番組とか、見る?」

 繋ぎの会話。不妃さんはわたしとの会話に退屈しないだろうか? 話題はこれで合っているんだろうか? つまらない人間だと思われたらやだな。

「松ちゃん浜ちゃんの番組は全部録画してみるよ。おとんが録画してハードディスクに保存してるから、昔やってたのもディスク買って見た。あと、とんねるずね。むちゃくちゃやってるのが好きでー。そうそう。わたしはむちゃくちゃなのが好き」

 大御所お笑い芸人コンビの名前が出てきた。想像していたより、ずっと俗っぽいなと思う。そりゃあ、男子からは人気が出るだろうな。

「アニメとか、アイドルとか、ユーチューブとか、ゲーム実況とか」

「そういうんはさっぱり。興味無し」

「……おっさんみたいだね。不妃さん」

「そういう円(つぶら)さんは普通の女子高生みたいだね……おっぱい以外は。げへへー」

「……おっさん……ふっ……くっ」

 下衆なおっさんの真似にまたツボった。

 わたしは発育が良い。

 身長は平均より少し高いくらいの一六四センチ。だけど胸はクラスの女子中、二、三番目くらい?

 そういう性差とか? デリケートな問題をイジられるのが新鮮で、こういうところにそのおとん? と、松ちゃん浜ちゃんとんねるずで培ってきた関西魂が現れているのかな。普通の女子高生ってその辺濁すからさ。とんねるずは東京だっけ? どうでもいいや。

 でも普通の女子高生と言われたことにどこか傷ついているわたしがいる。自分がつまんない人間だと言われたようで。

 そんなわたしを見て、不妃さんは目を細めた。

「――じゃね。円さん」

「どこ行くの?」

「お花を摘みに」

 両頬に手を添え、ぽっと顔を赤らめる仕草をする。

 わたしはよくわからず首を傾げる。

「ありゃ。伝わんなかったね。やはり私はおっさんだったか。ま、いいやね。話しかけてくれてありがと。不妃でいいよ」

 バイバイと手を振って慌てて駈けて行く不妃さんに合わせてわたしも腕に顔を埋めたままばいばいと手を振った。

 シャンプーのCMみたいな黒髪が揺れて、スカートがふわりと舞った。

 それが、わたしと不妃のファーストコンタクトだった。




 わたしと不妃の付き合いはそれから数十年に及ぶことになる。



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