本当の君は

詠月

本当の君は

 「なあ、お前いつも放課後何してんの?」


 随分前から気になっていたことをぶつけてみれば、目の前に座る寛人はきょとんと目を丸くした。


「何って、普通に生きてるけど?」

「そりゃそうだろ。死なれてちゃ困るわ」


 返ってきた答えに思わず突っ込む。

 マイペースなこいつに付き合い続けてきたせいですっかり染み付いてしまったこの癖。


「そうじゃなくてさ。もっと具体的に」

「ええー、そう言われてもなあ」


 教室に溢れる休み時間らしい賑やかさの中で、年中長袖の彼は机に頬杖をつきふわふわと笑った。


「突然どうしたのさ」

「だってお前、自分の事全然言わねぇじゃん?遊びに誘ってもあんま乗り気じゃないし」


 俺と寛人が出会ってもうすぐ二年。

 親友だなんて恥ずかしいから表立っては言わないけど、まあそれなりの関係だとは思ってる。


 パートナーって感じ?

 いや、恋愛的な意味はないけどさ。

 相棒みたいなもの。


「よくよく考えるとお前のことあんま知らねぇんだよな」


 寛人は自分の事となるとどこか掴めない笑顔を浮かべる。

 それがずっと気になっていた。


「つまらないから言わなくても変わらないよ」

「でも、」

「それより次移動だよ、圭。行こ」

「あっ、おい!」


 また今日もかわされた。


 立ち上がった寛人を俺は慌てて追いかけた。






 ◆◆◆



 「なあ、お前夜どっか出掛けてんの?」


 キャンパス内で見つけた黒セーターの背中に駆け寄り、俺は開口一番そう尋ねた。


「夜? なんで?」


 振り返った寛人が首をかしげる。


「俺昨日も電話したんだぞ?」

「あ、ほんとだ、ごめん。今スマホ見たや」

「マジかよ……お前ほんとに大学生?」


 この時代だぞ?

 そんな奴いるのか。


「いると思うけど」

「ゲームとかできねぇじゃん」

「わあ、現代の悪い例」

「ぐっ……つーか話そらすなよ!」


 ごめんごめんと寛人は笑った。


「バイトしててさ。帰りが遅くなるんだよ」

「バイト?」


 いつのまに始めてたんだ。


「それ聞いてない」

「大したことじゃないから。言ってなかっただけだよ」


 そんなに何日もバイト入ってるのか?

 ていうか大したことじゃないって。



「何だよそれ……」



 壁作んなよ。

 大したことないとか、つまらないからとか。

 そんなの関係ないじゃんか。


 俺はため息をついてから、歩き出した寛人を追いかけた。




 ◆◆◆



 「あー疲れた……」


 疲労で重くなった体をなんとか動かしてスーツから楽な格好に着替える。

 この生活になってから三年は経つというのにまだ慣れない。

 テレビをつけ、ソファに座りスマホを眺める。



【本日のニュースです。今日、◯県△市にて殺人事件が発生しました。ここ数年間に渡り不定期に起きているものと似ている事から、警察は同一人物の犯行とみて――】



 何だか物騒だな。しかも隣の市……


「……アイツ大丈夫なのか?」


 大学を卒業した後、寛人は高校からしていたらしいバイト先に就職して隣の市に住んでいる。


 このニュースと同じ市……一度気になってしまえば止まらなかった。

 俺はアプリの一番上にある彼の名前を選び電話マークをタップした。



【お掛けになった電話番号は現在――】



 繋がらない。


 何だか胸騒ぎがして俺はスマホと財布を掴み家を飛び出した。


 何で繋がらないんだ?

 たまたま壊れた?


 自分でも何でここまで焦っているのかわからない。

 けれど、早く行かないと間に合わない、手遅れになってしまうと直感していた。


 慌ただしく改札を抜け電車に駆け込む。

 返信はない。

 彼の最寄り駅で下りて最近訪れたばかりのその家へ。俺は走って、狭い路地の傍を通り過ぎる。



 その時だった。



「あーあ」



 突然聞こえた声に俺は足を止めて振り返った。


 誰もいない。

 でも。



「今の……」



 グシャッ



 ……は?


 何かが潰れるような音。

 どこから?


 俺の目は自然と路地へと向く。

 暗くて何も見えない。

 けれどそこからはまだ声が聞こえてきていて。


「残念。早く答えないからだよ?」


 愉快そうに笑う声。

 俺はゴクッと唾を飲んだ。


 まさか。


 ベシャッ


 また、音。

 俺は意を決して路地を覗き込んだ。


 そこは――地獄だった。


 あちこちに転がっている赤く染まった体。

 その中心で右手にナイフを持ったまま、それらを見下ろす男の姿。


「ひろ、と……?」


 男が顔を上げる。

 恐ろしく冷たい瞳と目が合って。


 彼はニコリと笑った。


「圭だ、やっほー」


 いつものように手を振る。

 血に濡れた左手を。


「お前、は……」


 喉の奥が張り付いて声が上手く出ない。

 理解できない。


「あは、ついにバレちゃった。せっかく隠してきたのにな」


 明るい声も表情も普段と変わらない。

 けれど、そこにいるのは寛人ではなかった。


「ま、仕方ないか」


 彼は右手を胸の高さまで上げた。


「圭、今までありがとね」


 ゆっくりと近寄ってくる。


 俺は。


「じゃあね」



 なあ、こういう時ってどうするべきなんだ?



「――僕の、パートナー」

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本当の君は 詠月 @Yozuki01

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