第10話 改めて旦那様に洗いざらい説明します。
「旦那様、ココラルお嬢様。ただいま戻りました」
「おお! クーリア! 無事だったのだな!」
「お屋敷の使用人達が『クーリアさんがおかしくなった』と言っていたので、心配したのですわ!」
私はお屋敷にある旦那様の部屋へと戻って来た。
旦那様も目が覚めて、ココラルお嬢様と同じように昔の優しい旦那様に戻った。
最近の心労による老け込んだ白髪はそのままだが、そのお言葉は暖かい。
ココラルお嬢様も私を心配してくださったようだ。
『私がおかしくなった』という話については、きっと私が<清掃用務員>として覚醒したことだろう。
その圧倒的
ともかく、このお屋敷と皆が無事でよかった。
「クーリア……。今思い返すと、わしは何故これまで家族を省みないような行いをしてきたのか、見当もつかない……。妻が亡くなったことはショックだったが、お前達の扱いをないがしろにするなど――」
「頭をお上げください、旦那様。旦那様は"汚れ"によって、心を蝕まれていたのです。旦那様に落ち度はありません」
「クーリア……! すまない……! 本当にすまない……!」
旦那様は私に頭を下げて謝罪してくるが、旦那様は悪くない。
悪いのは"汚れ"。"汚れ"によって、このファインズ公爵家がおかしくなっていたのだ。
私の言葉を聞いた旦那様は、手で顔を押さえて俯いてしまった。
「そういえばココラルからも聞いたのだが、クーリアは新たな能力に目覚めたのだとか?」
一度は俯いていた旦那様だったが、気持ちを切り替えて顔を上げると、私に尋ねてきた。
――そうだった。旦那様には、まだ私の事情を説明しきっていなかった。
旦那様も元に戻ったことだし、ちょうどいい機会だ。
今度こそしっかり報告しよう。
「正確には、私は前世の記憶を取り戻したのです。詳細はこちらの資料をご覧ください」
「やっぱり、この分厚い資料に目を通さないといけないのか……」
旦那様はゲンナリしながら、ココラルお嬢様への説明にも使った資料に目を通し始めた。
申し訳ございません。これ以上削るのが難しかったんです。
■
「――ふむ。成程。にわかには信じがたい話だが、資料の内容に筋は通っている。これはお前が転生したという話も含めて、信じるほかあるまいな」
資料を読み終わった旦那様は、私のことを信じてくれた。
私が転生者であること。
かつて超一流の<清掃用務員>だったこと。
この世界に合わせて、新たに<清掃用務員>のスキルを手に入れたこと。
そのスキルがあったからこそ、今回のお掃除を完遂できたこと。
ココラルお嬢様と同様に、旦那様も全て理解してくれた。
「しかし……<清掃用務員>か。この世界以外にも別の世界があることにも驚きだが、何よりそのスキルの効果もすごいな……」
「わたくしにとって、クーリアは<勇者>なのですわ!」
「ココラルお嬢様。何度も申しますが、私は<勇者>ではございません。<清掃用務員>としての誇りもありますので、ご勘弁願います」
「むぅ……分かったのですわ」
旦那様もココラルお嬢様も<清掃用務員>の力を称えてくれるが、いささか反応が大げさすぎる。
世界を救う存在である<勇者>と同列に扱われるのは、流石に恥ずかしい。
<清掃用務員>という職業に高い誇りは持っているが、そもそも活躍の舞台が違うのだ。
並べて比べる話ではない。
「……なあ、クーリアよ。お前はこれからも、この屋敷に――ファインズ公爵家に残ってくれるか?」
「……? 突然どうしたのですか? 旦那様?」
和んだ空気で話していた最中に、旦那様が不思議なことを尋ねてきた。
そして私の疑問に対して、ゆっくりと口を開いてくださる――
「お前は前世の記憶を取り戻した。<清掃用務員>という、強力なスキルも手に入れた。それならばこのファインズ公爵家でなくとも、もっと活躍できる場所があるだろう?」
――旦那様の仰る言葉の意味は分かる。
確かに私が手に入れた<清掃用務員>のスキルがあれば、より多くの場所をお掃除できるだろう。
前世の私がそうだったように、お掃除するべき場所があるならどこへでも飛んでいきたい。
私の
それでも私は――
「いえ、旦那様。今の私はファインズ公爵家の<メイド>です。かつて<アサシン>として失敗した私を拾ってくださった恩義を、まだ返しきれていません。私の方こそ、どうかこのファインズ公爵家に残らせてください」
――ここに残りたい。
新しい力を手に入れれば、新しいことに挑戦したくなるのは人の性だ。
それでも私にとって、この十年間を共に過ごさせてもらった恩義はあまりに大きい。
それは私の
――これはクーリア・ジェニスターという人間にとって、当然の嗜みだ。
「よかったのですわー! わたくしもクーリアとは離れたくないのですわー!」
私の話を聞いたココラルお嬢様は、笑顔で抱き着いてくる。
元よりこんな私をここまで慕ってくれているお嬢様を残して、他所になど行けるはずもない。
私の居場所はもうこのファインズ公爵家以外、考えられないのだから――
「ありがとう……クーリア。わしもお前に残ってもらえて、本当に感謝する。わしも仕事と家庭を円満に進められる父親になれるよう、努力する」
旦那様も笑顔で了承してくれた。
前世の私は無念の内に命を落としたが、現世の私は幸せだ。
このお方達に仕えながら、私は私にできるお掃除を続ければいい。
『手の届く範囲から
「しかし……改めて考えてみると、クーリアが言うあの"汚れ"とは何だったのだ……?」
――ふと旦那様がそんなことを口にする。
確かに私も気になっていたことだ。
一応私も二十五年間この世界で生きてきたから、この世界の常識は身についている。
ここは前世で言うところのファンタジー世界だ。
中世風の街並みで、魔法だって存在する。
――それでも、あの"汚れ"の正体は分からない。
この世界にある魔法なのかもしれないが、旦那様やココラルお嬢様も知らない。
お二方とも高貴な身分だけのことはあり、魔法などの知識には聡明なお方だ。
何よりあの"汚れ"をハッキリと認識できたのは、<清掃用務員>である私だけ。
あの"汚れ"の正体は分からないが、"汚れ"である以上は私にやれることがある――
「旦那様、ココラルお嬢様。私から提案がございます」
「提案……だと?」
「それは何なのですわ?」
私の言葉に耳を傾けたお二方に対して、私は<清掃用務員>としての心得と共に、その考えを語った――
「『"汚れ"は元から断つ』……。これはお掃除の基本です。私が"汚れ"の根源を調査し、必ずや綺麗にしてみせましょう」
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