第十二話 神の一手

 祖父のあの言葉、源太陽は生きている。

 なら、彼に付いてしばらく調べ、その結果、本当に貴斗達を死に追いやったことが事実だと判明、若しくは、それに繋がりそうな物、どんなに些細な事でも入手しましたら、その男を断罪します手立てを講じる事にしましょう・・・。

 十一月に入りまして、源太陽に於けます情報を集中的に集めさせていただきました。ですが、私が欲しいと思っていますような物は見つかりませんで、その男の偉業や好評ばかりが目に付きました。

 私の悪い性格。それはその様にあまりにも白すぎる人物へ疑いの色眼鏡越しに見てしまうことです。

 皆さんも、報道とかで耳にする事がお有りになるのではないでしょうか?

 例えば或る事件の被告人に関係する方々がその被告人の印象を語るとき、『とても真面目だった』、『すごく人がいい』、『人殺しなんかするような奴じゃない』等。

 人がいいから罪を犯さない。

 真面目だから、殺人などしない。

 性格が良好だからと言いまして、悪い事はしない。

 その様な客観的なものだけでは人の本質など判断できるはずも無いのです。

 これは私の屁理屈になってしまうのでしょうけど、意識的、無意識的にしろ人が表向きの評価を過剰なまでに良くしようと行動するのは、その反面部分を良いと言います評価で塗りつぶしてしまいたいからだと思っている訳です。

 このような事からまだ、源太陽なる本人には直接、お会いしていませんが、勘繰る様な感じで調べました資料を見てしまっているわけです。

 私は調書を読み返しながら、今頃になって柏木司さんの言葉を思い出したのです。源太陽はProject ADAMに酷く反対していたこと。その理由は確か・・・。

 今、私の手の内を皆様へお見せするわけには行きませんが、情報を操作しまして、源太陽の動向を観察しましょう。

 それで何かがはっきりするはずです。



2011年11月8日、火曜日

 私は誤報を布かせて頂くために、ぶつくさと小言を吐かられる事を承知でUNIOの仕事をお片付けした後、麻里奈と一緒に妹、翔子の所へ向かいました。

 現在妹は聖稜学園の姉妹校であり、東京都にその所在があります海星高等学校へ訪れていました。

 少子化に閉校を余儀なくされてしまいます公私立の教育機関は今も後が絶たない状況でありまして、現状ではなんとか定員割れしない瀬戸際で運営しています海星高等学校。

 その今後の経営をどの様にすべきか、藤原科学重工複合企業連盟の教育部門を担当しています理事の方々が本日、その学校へ集まりまして会談を催していたのです。

 現在午後、八時少し前。

 校門前で何方かに頭を軽く下げまして車道側へ、歩いてきます女性。

 上下同じ色、杜若色の上着とMermaid skirt。上着の下のBlouseは珊瑚色。

 気品を感じさせますようなカメオを下げましたその人物。・・・、私の妹でした。

 運転手に開かせました車の扉から中へ入ろうとします翔子へ。

「翔子、このような時間までお仕事大変でしたね。ご苦労様です」

 その様に声を掛けて差し上げたのですが、妹は私の声がちゃんと届いたようで、私の方へ振り返って下さり、睨むのでした。

「なに様でございましょう、龍一お兄様?」

 辛辣な気配を感じます声色と、強かな冷眼を私へと向けてきたのでした。

 まあ、これでも無視されてしまいまして、そのまま、乗車し、行ってしまわれなかっただけましなのでしょうけど。

「翔子にお願いがありまして、じつは、斯く斯く然々でして」

「何をお言いになりたいのです?どの様な事をおっしゃりたいのか、わたくしには全く理解出来ません。ご察しをして上げられません、お兄様のように賢くはありませんので」

「冗談じゃないですかぁ、翔子。・・・、・・・、ですが、このようなおちゃらけました、会話が出来るようになったのも・・・、・・・、・・・、私達の大切な弟、貴斗のお陰だと言いますこと、翔子には分からないでしょう・・・」

 それから、妹にどの様な事をお願いに参上したのかをしっかりと説明しました。

「・・・、・・・、・・・、・・・」

 翔子は何かを考えますように路面へ視線を落としまして暫く沈黙したのです。

 どこか離れました所からの犬の遠吠えが届いた頃に翔子は顔を上げまして、口を開いてくださった。

「龍一お兄様がお言いになりましたこと・・・。それが、確かだとしても、今、シンガポールの研究施設をお停めする事は出来ません」

「今は利益云々などを論じて居る暇はなどありません。それを翔子はご理解して下さらないのですかっ!翔子、貴女の身にも危険が及ぶ可能性が有ると言っているのですよ」

「それでも、いままで多くの犠牲をお払いして続けて来たのです、今更・・・。美鈴お母様の気持ちが、どうして、お母様があれほど研究に一生懸命だったのか今は理解出来ますから・・・。私の一存で施設を止めるわけには行きません。もし、今まで積み上げて来ました事を突き崩してまで、止めさせたいのでしたら、お兄様が家督をお継ぎになればいいだけの事では無くて?その勇気もありもしませんで・・・。フッ」

 翔子は私へ厭味を込めましたような嘲笑を見せて下さいますと、

「お兄様が家督をお継ぎして下さっても、医療部門の経営をお譲りする気などわたくしに到底ありはしませんが・・・」

 妹は言葉をいい切りますと、軽やかな動作で踵を返しまして、素早く、待たせていました車に乗り込んでしまいますとその車両をすぐに発進してしまいました。

 遠ざかる、日産プリンセス・ロワイヤルを眺めながら、

「だから、いったでしょう、リュウの言う事なんか翔子ちゃん聞いてくれないって」

「ふぅ、貴斗の事を口にしたのが悪かったのでしょうか・・・。仕方が無い。別の策を講じるとしましょう・・・。しかし、妹や爺さんはどうして、ADAMとよんでおります、その研究を止めないのでしょう。自身の存命を失い兼ねないかも知れませんのに」

「リュウ、貴方がそんな事を言うの?龍一はそのアダムの恩恵で助かったのよ。今まで、その研究を続けて来た人達がいなかったら、今、こうして私の前にリュウは立っていなかったっていうのに」

「私は助けて下さいなど誰にも乞うた覚えはありませんが・・・」

 私は微笑顔を止め、冷静な表情へと変化させまして、その様に言い切ってしまいました。

 麻里奈の右腕が一瞬上に上がろうとしましたが、それは動くことはありませんで、何かに耐えますように強く握り締めたように見えます拳で、彼女は顔を斜め下に向けてしまいました。

 下唇を噛み締めます麻里奈の顔。

 私は他人の感情を推し量る事を得意としていませんが、不得意でもありません。

 そう、私の一言で麻里奈が傷つけてしまいました事が、見て分かったのです。

「麻里、貴女を憤らせてしまい、悲しい思いをさせてしまい申し訳ございません。麻里の気持ちを考慮していませんでした。麻里奈、これだけは覚えて居て下さい。どんな医療技術で私が助かったにしろ、仮にも折角こうして再び日常に戻れたのですから、これから先、この命、無駄にする積もりはありません」

「そは、誰のために?」と不安を乗せました表情で麻里奈は私へ問う。

「無論、麻里奈のためにです」

 私がその様に優顔で答えますと、麻里奈は瞼で瞳を隠しまして、小さく鼻で溜息を、そして、安堵の笑みを漏らしていました。


2011年12月20日、火曜日

 ここ数週間、私は源太陽を断罪しますための様々な仕掛けを講じていました。

 その中の駒としまして、貴斗の親友だったらしい彼、八神慎治も用いておりました。

 最後の一手をお打ちするためにシンガポールへ飛んだのです。

 その一手には光姫のお力添えがどうしても必要でしたので、彼女へ会いに参ったと言う訳です。

「元気そうだな、龍」

「ええ、貴女のお陰ですよ、ミツミツ」

 にこやかに言って上げますと、彼女が私を睨むのですが、私はそのままの表情で言葉を続けていました。

「その様な怖い顔をしないでください。美人が台無しですよ。私がこのようにして元気で居られますのも、光姫や麻里とこうして会話を出来ますことも、すべてADAMとか呼んでいますProjectと貴女がそれに携わっていましたお陰なのでしょう」

 どの様な理由で光姫が麻里奈の方へ顔を向けまして、一瞬睨んだのか理解出来ませんでしたが、その回答は麻里奈の口から、明白となるのでした。

「いっとくけどね、私は光姫がアダムプロジェクトに参加しているなんて、リュウに言ってないからね」と出されて居ました。

 成程そう言うことですか。

 光姫はその計画に自身が関係して居る事を私に知られたくなかったのでしょう。

 今、私はその事実を知っていまして、その情報の出所を光姫は麻里奈からだとお勘違いした。その様な所ですね。

「光姫、麻里の言いますとおり、私は麻里から貴女がADAMに関係していると言います話しは一切聞いた事はありませんし、麻里の方から教えてくださった事もありません。少々厄介で大掛かりな調べごとの一環で光姫の情報が私の所へ転がり込んできただけです。まあ、その情報が有ったからこそ、私は貴女を尋ねに参じさせて戴いた訳ですが・・・」

 それから、私はここへ訪れました理由と私の願いを聴いて頂く為に頭を下げさせて頂いた。そして、それを聞いておりました本人は、

「馬鹿と天才は紙一重というが、昔の龍は間違い無く前者だった。だが、今のお前は馬鹿に成り下がったな。龍、お前はアダム研究一環の技術で有り難くも助かった者のだと言うのに、私達の研究を止めさせたいだと?ふざけた事を言うにも程がある。いいか龍一、お前が言う事は理の一つかもしれない。だけど、多くの犠牲を払ってしまったから後戻り出来ない事だってあるんだ。ここで止めてしまっては全てが台無しになってしまうんだぞ」

「源太陽がどの様な思いで策謀しましてその対象者を選んで居るのか今も分かりませんが、光姫だってアダムの研究を続けているのでしたら孰、貴女も標的にされるかもしれないのです」

「恐れ知らずのお前が言うと滑稽に聴こえるよ、龍。危険を恐れて一歩も進めないようじゃ発展などありはしないのさ。だから、どんなに私自身が危険と背中合わせ、薄氷を踏む状態に立っていたとしても、アダムの研究は止めないからな。この研究の先に何時か、弟が助かる光明が差すまでは・・・」

 勇ましい事をお言いになりつつも最後、光姫は表情に翳りを忍ばせまして、言葉を終えたのでした。

 私は光姫の最後に言った事で直ぐに思い出したのです。

 彼女が脳外科を目指そうとしましたその理由を。

 彼女には私の弟、貴斗と同い年の弟、剛がいます。

 今も私が知っている頃の状況と同様でありましたなら彼は十八年間も植物人間状態で居るのです。

 そうなってしまわれた理由は高層建築物の建造中に吊り上げていました鉄筋が落下し、それが彼女を襲おうとしました所を彼が助けたからでした。

 どのような状況であれ、命が助かった事を運が言いと思いますのかは個人の考え方によるでしょうけど、彼の命を繋ぎ止める事は出来たようですが、どんなに時間が過ぎまして、身体の傷が癒えましても、剛が目を覚ますことはありませんでした。

 光姫の口ぶりからですと今もそうなのでしょう。

 彼女はその頃より、ずっと、剛に対します罪悪感を背負いまして、それを贖う為にADAMの研究に参加していたのでしたら、おいそれと止めては呉れないでしょうことを今更ながら気付かされてしまいました。ですが、私だって退く事は出来ません。

 光姫をどうにか説得します言葉を思考中、暫く居室は空調の風流音だけが空間を渡っておりました。そして、最初に声を出したのは光姫。

「・・・、龍がそこまで願うなら、それ相応の対価を払ってもらわねばならないな」

「ええ、私の出来ることでしたら」

「なら、麻里奈と別れて、私と婚姻を結ぶこと」

 声に淀みがありません口調で彼女はその様に言い、麻里奈がそれを耳にしまして聞き違いと同様を顔色に乗せまして、混乱しているようでした。

「私と結婚ですか?そこに光姫に対する愛情が無くともですか?」

「ああ、私がお前を好きであれば問題ない。剛や研究の事もあるが、この歳になっても他の誰とも付き合はないのは、お前のせいだからな・・・。さあ、どうなのだ?」

私は双眸を瞼で覆い隠しまして、小さく鼻で溜息を吐き、

「私の責任ですか?それは申し訳なかったですね、光姫。貴女は掛け値のありません大切な友人としてしか見ていませんでしたので、光姫の気持ちに気付いて上げられませんでした・・・」

 私は言いますが、彼女のその思いを本当は知っていました。しかし、私は麻里奈を選んでいたのです。

「私に責任があるのなら・・・、わかりました。それで光姫が私の願いに協力して下さるならそれもいいでしょう・・・、・・・、・・・、と言いたい所ですが」

 私はいまだに混乱しまして場の状況の認識を避けている様子であります麻里奈を抱き寄せ、

「私は麻里しか愛せない一途な男なので勘弁して下さい」と微笑を光姫に向けていました。

 麻里奈は急に紅くなりまして両手で顔を覆いまして、光姫は鼻で私の言った事を笑っておりました。

「そう言う事なんだよ、龍。お前にだって変える事の出来ない性分がある様に、私も同じだ。だから、アダムの研究を停止させるようなお前の考えなど協力できるはずが無いだろう。さあ、さっさと日本に帰れ、私は私の研究で忙しいんだ・・・」

 光姫は椅子から立ち上がりますと、この部屋から出て行くように私と麻里奈の脇を通り過ぎようとしていました。

 彼女が私の横を通り過ぎようとした瞬間、彼女の白衣のPocketに小さく折りたたんでいました用紙、二㌢大の紙を投げ込みました。

「話しが纏まりませんでしたが、必ず読んで下さい。私は光姫を信頼しておりますから・・・」

 茹蛸になって居ります麻里奈には届きません位小さな声で光姫へその様にお願いしますと、彼女は拒否するかのような眼と素っ気のありません、侮蔑の溜息をお吐きになりながら去って行ってしまいました。

 彼女に渡しました手紙には彼女に行ってもらいたい用件と今回の施設停止は一時的な物で、源太陽を罠に掛けるための虚構の流布で、彼を断罪した後にその研究が再開されましょうと、本当に停止になりましょうと、私には関係ありませんから。

「麻里、いつまでその様に呆けているのですか?光姫は協力をしてくれないご様子ですし、ここに居ても仕方がありませんので、少しくらい観光を楽しみましてから帰国いたしましょう」

 麻里奈にその様に聞かせますと、先に歩き始め彼女との距離が大分開いた頃に、私の名前を叫ぶように慌てましたような口調で声にします麻里奈が走りよってきたのでした。

 すべての布陣が完了しました。

 後は個々が機能しまして、正確な歯車のように噛み合い、廻りだして下さるのを待つだけです。

 目には目を、歯には歯を、策謀には策謀を。

 私が一体どの様な事を企てましたのか、皆様も気になる所でしょう。ですが、今はお教えすることが出来ません。

 ですが、すべて私の思い描きました通に事が運べたのでしたら、その折にお話しすることが出来るでしょう。

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