ノーコンの夜

晴れ時々雨

𓂃𓊝𓄹𓄺

それを発見したのは18時を少し回った頃だった。港湾荷役重機の夜間照明が暮れ始めた空に映えて美しかった。待ち合わせた女にすっぽかしを食らったことに気づき、防波堤から吸殻を投げると熾火のようにしつこく点ったまま弧を描いて海に落ちた。そこに真っ白な靴が浮いていた。女物だった。今まで見たこともないのに、水中に靴の持ち主の死体があるのではないかと自然と探した。水の中に女がいるかもしれない。半裸の死んだ女が泳いでいるかもしれない、そんな馬鹿げた妄想が脳裏を占めた。だとすると俺は第1発見者ということになる。いや待てよ。そいつがもし誰かに殺されたのなら、殺したやつがそうなのではないか。こいつの死に関わったやつはこいつが死んだことを確認したのだろうか。殴る刺す絞める、いずれにしろどれかによって停止させられた女の呼吸の有無をそいつは正確に測った。それか、死んだかどうか未確認のまま海に放り込み海に殺させた。それか死んだように見えるこの女は実はまだ生物学的に生きている。生物学的?身体的にか。いや、身体は動かなくとも意識があって苦しんでいるのかもしれない。苦しみながらまだ生きようと麻痺した体で藻掻くことは精神的な死に値する。なんか息苦しくなってきたが、女の死体はどこにも見えない。

帰るか、そうして振り返るとそこにびしょ濡れになった女が立っていて、俺は叫びそうになった。

「遅い!」

女の白い服は濡れそぼって体に張りつき中身が透けていた。赤か。ええやん。俺は今まで赤い下着の女にリアルで出会ったことがなかった。わかめを被っていると思わせるような髪を掻き分ける指は暮れきった港に妙に白く浮かび上がり、女がさっき言った言葉がようやく脳に届きハッとした。どうやら待ち合わせの主らしい。

おどかs…

「ゴミを海に投げるんじゃねえ」

女は青白い唇からドスの効いた声を出した。

おどかすn…

「てめえ帰ろうとしたろ」

おどかすなってい…

「顔に書いてあんだよ!!」

見てたんじゃないのか。というか喋らせろよ。

「お前こそ何してんだよ。まさか落ちたのか?」

「やかましい!」

こっちに向かって飛び込んできた女を受け止めると、濃い潮の香りと微かな柔軟剤の匂いがした。女は濡れて冷たく、丸くて小さかった。そして赤い下着を着けていた。

「とりあえずやろう」

耳をつんざく汽笛を鳴らしながら貨物船が離岸していく。群青の空を星のような顔をした重機の照明がびかびかと点滅する。

出会って2日目の俺たちは一塊に縺れてコンテナの陰におさまる。女はどこもかしこも濡れていた。話が早い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ノーコンの夜 晴れ時々雨 @rio11ruiagent

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る