第2話
吸血鬼は殺せない。それは、ユリアの家族が惨殺された当時の常識だ。今は違う。
二十年前、吸血鬼に対して毒となる成分を血液中に含む人間が存在することがわかったのだ。彼らは神子と呼ばれ、崇められた。
自警団は吸血鬼に対抗するための部隊を立ち上げた。ユリアは自らそこに志願した。
神子と人間でペアを組み、吸血鬼を発見次第殺す。それがユリアたち、対吸血鬼部隊の仕事だ。
「……ユリアさん。吸血鬼って、元々人間なんですよね」
「……知ってしまったのね」
「……ユリアさんは知っていたんですか?」
「ええ。知っていたわ。けど同情なんてしない。吸血鬼は悪。殲滅しなければならない存在よ。あんな奴ら、この世に存在しちゃいけない。……貴女も吸血鬼に家族を殺されたのでしょう」
「……でも……」
「でもじゃない」
三十七歳になったユリアは、メイ・クローチェという二十二歳の若い神子とペアを組んでいた。メイもまた、家族を吸血鬼に殺されており、吸血鬼を憎んでいた。しかしメイは吸血鬼が元人間であることを知ると、殺すのではなくどうにかして人間に戻せないかと考えるようになった。ユリアも吸血鬼が元人間であることは知っていたが、そんな甘い考えは一切無かった。
「吸血鬼を救いたいなんて甘い考えを持つなら、部隊をぬけなさい。吸血鬼を人間に戻す研究をする機関はいくらでもあるからそっちに行きなさい。……そんな甘い考えでパトロールに同行されたって、足手まといでしかないわ」
「……ユリアさんも本当は——「うわぁぁぁぁぁ!来るな化け物ぉ!」
メイの言葉を遮るように、どこからか男性の悲鳴が響いた。
「っ……行きましょう。ユリアさん」
「……吸血鬼だったら殺す。例え相手が幼児の姿であったとしてもよ。出来るわね?」
「……幼児……」
「……まぁ、貴女が迷おうがどうでもいいわ。必要なのは貴女じゃない。貴女の血なのだから。嫌だって言うなら魔法で拘束して吸血鬼を殺すための道具になってもらうだけ」
「……いざとなったらそれでお願いします」
「はぁ……お願いしますじゃないわよ。馬鹿。もしそうしなきゃいけなくなったら、この戦いを最後にクビだからね」
「……はい」
メイは部隊に配属されて二年になるが、彼女はまだ吸血鬼と対峙したことがない。この悲鳴が吸血鬼に襲われた人間によるものなら、彼女にとって初めての戦いだ。
ちなみに、人間には神子と人間の区別はつかないが、吸血鬼は神子と人間の区別がつくらしい。よって、神子というだけでいつ吸血鬼に襲われてもおかしくない。メイも昔、吸血鬼に襲われ、そこを自警団に救われたことがきっかけで自警団に入った。自分が神子であることは自警団に入ってから知り、それを知った時は生き生きとしていたが、吸血鬼が人間だと知った途端これだ。ユリアはメイの性格上、吸血鬼が人間であることを知れば戦いを躊躇うことは想像していた。だから黙っていた。
(これが最後にならなければ良いけど)
メイの精神を心配しつつ、ユリアはあたりを警戒する。
「ユリアさん!あれ!」
メイが指差した先には、男性の首筋に噛み付く男の姿。食事に夢中でまだこちらには気付いていないようだ。
「メイ。血、借りるわよ」
「はい……うっ……」
ユリアはナイフをメイの横腹に刺し、血を付着させてから魔法を使って吸血鬼に向けて一直線に飛ばす。ナイフは見事に吸血鬼の足に命中した。逃げ惑う吸血鬼を魔法で拘束し、刀で斬殺する。一瞬の出来事だった。
神子の血は吸血鬼にとって猛毒だ。一度体内に入れば吸血鬼の再生能力や魔法無効能力を無力化することができる。一度でも神子の血さえ入れてしまえば、あとは普通の人間と変わらないが、人間に戻るわけではない。再生能力が無効化されているうちに殺しきらなければ意味がない。故に、躊躇う時間などないのだ。
一番効果的なのは直接神子の血を飲ませることだが、彼らは神子の血が自分達にとって毒であることを本能的に理解しているらしく、なかなか自分からは吸血しにこない。
ただ、中には自ら神子の元へ殺してくれと懇願してくる吸血鬼も居る。吸血鬼が全員望んで吸血鬼になったわけではない。吸血鬼に攫われ、血を飲まされて吸血鬼になってしまった人も少なくないのだ。
神子の血で吸血鬼を人間に戻せるのではないかという研究もあるが、むしろ殺してやった方が彼らのためだと考える人間も居る。ユリアもそちら側の考えだった。
「……大丈夫ですか」
「……ひっ……!」
ユリアが助けた男性に手を差し伸べるが、彼はその手を振り払って怯えるように逃げて行った。こういう反応をされることにはもうすっかり慣れていた。ユリアの手には吸血鬼の返り血がベッタリとついている。手を取るのを躊躇うのも、怯えてしまうのも無理はない。
吸血鬼は元は人間だった。それを知りながらなんの躊躇いもなく吸血鬼を殺す彼女もまた、人の心などとうに失っているのかもしれない。
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