第522話 コトセからのSOS at 1996/3/29

「はぁ……。まで押しつけておいてよぉ、どうして相談くれぇしねぇのかねぇ……」


「わ、悪かったってば、ダッチ」



 ダッチ――小山田徹は、はじめて足を踏み入れた『電算論理研究部』の部室のあちこちを好奇心満載のまなざしで見回しながら、いかにも不服そうに腕組みしつつくちびるをとがらせた。その様子を、さらに上回る好奇&おっかなびっくりの目で見つめている部員たちである。



「昨日も言ったとおり、ダッチまで巻き込んだら悪いかな、ってさ……ほ、ほら、春休みだし」


「阿呆か、てめぇは。ったく――」



 ごりごり、とやや伸びてきた髪に無雑作に手をつっこみ、小山田は頭をかく。



「……あのな? 俺様は前にも言ったろ? 『俺様のまわりにいる連中が楽しく暮らせりゃあいい』ってな。その『まわりにいる連中』のなかには、とっくにあいつも勘定かんじょうに入ってんだよ」



 まったく……不器用なヤツだ。

 それに、サイコーにカッコいい。



「ありがとう、ダッチ。やっぱりさ、ダッチは――」


「おいおい。やめろやめろ。またアレだろ? 『ヒーロー』だ、なんだっての。ぶっとばすぞ」



 あぁん? と少し懐かしさを覚えるポーズをとってから、小山田はみんなの顔を見回した。



「いいか、てめぇら? ともかく、この俺様がつかんだ情報を聞いてくれ。何かの役に立つかもしれねぇ。ご存知のとおり、俺様は頭が悪ぃからな。てめぇらの知恵を借りてぇんだよ」



 そうして、背後に置いてあるホワイトボードを使って、ヘタクソな図を描きはじめた。どうやら町田駅周辺の地図らしい、ということだけはかろうじてわかった。



「ええとだな……? そう、昨日俺様はな? ……と一緒に駅前まで遊びに出かけてたんだよ。そこで、ふたりして『そういえば――』ってなカンジで、水無月のことが無性に気になっちまってな。あいつが言うのさ、『せっかく仲良くなれたのにね』ってよ。んで――」


「ちょっと質問あるんだけど、ダッチ?」


「なんだよ、うるせぇなぁ、ムロ。まだ途中だろうが?」


「さっきのセリフ……女の子、だよね?」



 ぎくり、とわかりやすく驚きと焦りのないまぜになった顔をして、小山田は質問を無視する。



「んでだ。思い出したのさ。『そういやあ、古ノ森にこれを渡されてよ――』って出してみせたんだ。そしたらあいつが、『それ、どうやって使うモノなの?』なんて聞きやがるから、こうやって……ってモリケンに教わったとおりにやってみせた時だった。すると突然だ――!」


「やっぱり女の子だよね。、って。どうなの、ダッチ?」


「うるっせぇなぁ、もう! そーだよそーだよ。横山だよ、美織みおりだってば、悪ぃかよ、ムロ!」


「ううん、スッキリした。サンキュー、ダッチ」



 もう、ホントこの天然無邪気系イケメンアイドル、怖いんですけど。


 あくまで『系』なワケで、これが素なのか、狙ってやってるのかわからないところが始末に悪い。ニコニコしてるし。



「こほん――で、だ。こっからがいっとう肝心なトコロだ」



 小山田はからかわれたのが嫌だったのか照れ臭かったのか、どちらともとれる、むっつり、とした不機嫌そうな顔つきでホワイトボード上の図を書き上げてしまうと、こう続けた。



「この、トランシーバ―ってヤツのスイッチをオンにしたとたん、返事があったのさ。いいや、少し違ぇな。なにか、トン、トン、って叩くような乾いた音がしたのさ。こんな風にな――」



 小山田はそう言うと、手にした銀色の缶ペンケースの表面を指先で、トン、トン、叩いた。



「あの、小山田? その音が聴こえた場所というのはどこでしょうか?」


「キャプ――まあいいか……。俺様はハカセって呼んでいいな? 聴こえたのはこのあたりだ」



 やっぱり――僕は小山田が指し示した位置がJR『町田駅』南口周辺だったことで確信する。たぶん、それはコトセからの合図だ。それも、ツッキーに気づかれない方法を使ったんだ。



「その音を、正確に再現できますか? 小山田キャプテン?」


「たぶん、こんなカンジだ。トントントン、ツーツーツー、トントントン――この繰り返しだ」



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