第521話 ひとすじの光明 at 1996/3/28

「今日で九日目か……。くっそ……一体どこにいっちまったんだよ、ツッキー」



 僕らの立てた作戦はこうだった。


 あらためて『例の絵』のある場所をターゲットに、町田市内に建つお寺・神社をしらみつぶしに捜索する、というものだ。効率が悪いのは百も承知だったけれど、かろうじて手がかりになりそうなのはそれしかない。


 水無月家にかかってきた電話を切ったロコは地図に印をつけた。



「ここは……なし、と……。ねぇ? こんなので間に合うの、ケンタ?」


「……間に合わせる。間に合わせてみせるさ」



 以前はロコとふたりだけだったが、今は『電算論理研究部』の仲間プラス室生で、総勢八人。だが、もし『例の絵』が近くにあっても、あの異様な空気感を感じ取れるのは僕とロコだけだ。ロコが口に出した不安をきっぱりと打ち消してみせる僕だったけれど、確信なんてなにもない。



「あの……しょうさん? いくつか質問してもいいですか?」


「ああ……うん、なんだい……?」



 水無月笙――ツッキーパパは見るからに憔悴しょうすいしきっていて、いつもの明るい笑顔はカケラもない。どこかぼんやりしているようで、瞳に宿る光もどこか精彩を欠いていた。僕は尋ねる。



「お知り合いの方が、神社の宮司ぐうじを務められていると言ってましたよね? 思い出せますか?」


「ど。どうだろう……? ごめんね、それも今となってはあやふやで……」



 混濁した記憶を懸命に探るツッキーパパの表情はあまりに痛々しかった。




 僕の推測では、水無月家はループを繰り返すごとに各地を転々としているのだろう。それは、例のツッキーへの陰湿な『いじめ』の件や、以前ツッキーパパにこれと同じ質問をした時にも感じたことだった。たしかに『事実』として存在していた――だが、その『原初』はどこか別の場所にあって定かではない。あとは『変革』を嫌う『歴史』が強引に辻褄つじつまを合わせている。




「絵は――最後に描いていた絵は、最後まで完成したんですか?」


「う、うん。それは覚えている。僕らのふたりのかわいい女の子――琴世コトセ琴代ことよを描いたんだ」



 ツッキーパパの目に、つかの間光が戻った。



「元々『』って名前は、お姉ちゃんのコトセにつけるつもりだったんだ。でも……。だからせめてカノジョがいた記憶、証を残したくって。それで『コトヨ』って読むことにしたんだ」


「そうだったんですね」



 この様子では、ツッキーのなかのもうひとりの人格としてコトセが存在していることも、ツッキーパパの記憶からは削除されてしまっているようだ。教えてあげたいが――やめておこう。



「どこか、ツッキーが頼りそうな場所とかご親戚とかは?」


「いないよ。……い、いや、いないと思うんだけどなぁ……。ううう……っ」


「だ――大丈夫! 大丈夫だよ、ツッキーパパ!」



 頭を抱えるようにうずくまるツッキーパパに、ロコがそっと駆け寄ってその肩を抱きしめた。



「あたしたちがきっと、ツッキーを見つけ出してくるからさ! 安心して待っててよ! ね?」


「ありがとうね……ありがとう……」



 ぽたり、ぽたり、とフローリングの床に涙が落ちるさまを見ないように視線を上げると、嗚咽を漏らすツッキーパパをなだめるようにロコが優しく抱きしめている姿が目に映る。まるでマリア様みたいだ、と僕はどこかくすぐったいような、嬉しいような気分で口元をゆるめた。






 ぷるる、ぷるるるる――おっと。

 また誰かからの、捜索状況の報告だろう。






「……もしもし?」


『うぉ……っ、お、お前、か?』


「え……!? もしかして、その声……ダッチなのか!?」



 ダッチ――小山田徹が、電話ごしに鼻を鳴らす。



『ったく……探したんだぜ? 結局、一度もかけたことのねぇ、てめぇんちにかけちまったぜ』



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