第517話 二人とふたり(3) at 1996/3/19

「琴ちゃんたちが、この封じ込められた一年間の中で、永久に、永遠に生き続けることだよ」


「そんな……」



 僕は何度も首を振る。



「そんなことは間違っています。それは『未来』じゃない、決して抜け出せない『地獄』だ」


「そんなこと……!」



 水無月しょうは、がり、と歯ぎしりをして声を震わせた。



「そんなこと君に言われなくたってわかってる! わかってるさ! これはまやかしだって!」


「だったら!」


「でもっ!!」



 水無月笙はコトセの細くて白いカラダをきつく抱きしめた。

 うっ、と呻きが聴こえる。



「この先の『未来』で琴ちゃんがずっと生きている保証なんてあるのか!? 琴ちゃんの抱える病気は決して治ることがないんだ! そうしたら……そうしたら僕はまた……ううう……!」


「でも、コトセは決して『絶望』しなかった、あきらめなかった。……違いますか?」



 僕のそのひと言で、水無月笙は、はっ、と顔を上げた。



「え……? どうして君がそれを……」


「僕たちも『同じ』だったからですよ。やり直したい過去があったんです」




 そして、約束したことがある。




「僕らはふたりを、僕らの『未来』まで連れていくと約束したんです。僕らの『未来』には、ツッキーがいてくれなくちゃ! もちろん、そこにはあなた――笙さんにもいて欲しいんです」


「し、しかし! この先どうなるか、運命は誰にもわからないじゃないか!?」


「それが、それこそが『未来』という僕らに与えられた『可能性』なんですよ」


「『可能性』か……」



 水無月笙は、はっ、と目を覚ましたかのように見開くと、ふんわりと微笑みそう繰り返した。



「そう、なのかも、な……。もしかすると僕は、琴ちゃんの『可能性』まで閉じ込めてしまっていたのかもしれない。僕が弱いばかりに、ひとりになるのを恐れるあまりに、琴ちゃんの『未来』まで封じ込めてしまっていたのかもしれない。ははは……これじゃあパパ失格だな」


「いいえ。それは違いますよ。笙さんは――いや、ツッキーパパは、最高のパパだと思います」


「――っ」



 まだ座り込んだままだった僕は居住まいを正すと、『電算論理研究部』の、そして二年十一組の代表として深々と頭を下げた。



「これまでツッキーを育ててくれて、本当にありがとうございます。たったひとりで大事に大切に。あなたのおかげで僕らはツッキーに出会うことができた。できたんです。感謝しなきゃ」


「こちらこそありがとうだよ、古ノ森リーダー」



 ツッキーパパの表情から険が抜け、いつもの、みんなに見せているものと同じ優しさを取り戻していた。差し出された手を握り返し、引き上げられるままに僕は立ち上がった。



「まったく……僕もまだまだ若造だな……。中学生の君に人生を諭されるとはね……」


「え……。あ、あのですね、実は、そのう……いろいろと事情がありまして――」



 これでようやく『例の絵』の完成を阻止できる――そう思っていた矢先だった。











 ――待てよ?


『例の絵』を完成させるなとメッセージを残したのは、ここにいるコトセだったはずじゃ――。











 すっ――コトセに手を引かれるままに水無月笙が僕から離れた。


 そしてそのままソファーに座った彼の耳元で。

 コトセはそっと囁いた。




 ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ!!!!




『修復できない致命的なエラーが発生しました。まもなくが実行されます……5』



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る