第492話 男たちのバンカー(3) at 1996/3/1
「はーい、そこのお姉さん! 今日だけ! 今日だけですよー! 見ていってちょうだい!」
小山田に半ば強引に連れられるようにして、僕たちはマルカワの下りエレベーターに乗り込むと、急ぎ足でその威勢のいい口上の聴こえる輪の中心へと向かった。
このマルカワと四つの銀行に囲まれた五差路では、ときおりこうした露天商のようなカタチによる突発的バーゲンセールが行われることがある。それは財布だったり、レディースのカバンだったり、並行モノのフレグランスだったり、はたまたまったく趣きの異なる本場の利尻昆布や荒巻鮭だったりした。
そして、今日僕らの前にずらりと並んでいたのはアクセサリーだった。
「どれも鑑定書付きの一級品! デザインも流行りのモノばかり! さぁさ、ご覧ください!」
比較的若そうな男が売り場のど真ん中に置かれたビールケースの上に立ち、黄色いメガホンでしゃがれた声を張り上げていた。まだ三月がはじまったばかりだというのにワイシャツにネクタイ、スラックス姿で、シャツの袖を肘あたりまでまくり上げている。ただ、撫でつけられた短めの濡れたような髪と凄味のある人相を見るに、一筋縄ではいかなそうなフンイキがあった。
「おう、兄さん? なんでぇそんなすげぇモンが、こんなに安いんだよ?」
「……おっと。威勢がいいねぇ。中坊か? いい面構えだ! お兄さん、怖くて震えちゃうぜ」
とたん、集まっていた客たちが、くすくす、と忍び笑いを漏らす。しかし、小山田は気にもとめずに、ちょうど手近にあったひと品を手に取って高く掲げた。
「ふン……。たとえばこいつだがよ? 18金のネックレスで、この……ペンダントヘッド、っていうのか? 四葉のクローバーのド真ん中にゃあ天然のダイヤモンドが入ってるらしい」
「そう! いいモンに目ぇつけるねぇ! 0.05カラットだが、正真正銘のホンモノさ!」
「そのホンモノが――」
小山田はあいからわず、むすり、としたまま、そのネックレスの値札を裏返す。
「――九九八〇円ってのはよ、あまりに安すぎやしねぇか? パチモンじゃねぇだろうな?」
「おいおいおい! 困ったお兄さんだねぇ! どうして安いか? カラクリがあんのよねー」
若い口上売りの表情がけわしくなったのはほんの一瞬だけだった。それ以上に満面の笑みを浮かべて、おどけた仕草でこっそり耳打ちするように告げる。もちろん、メガホン越しにだ。
「実はな? ここに並んでる品々を扱ってた宝石店の社長が引退して店ぇたたむことになったんだわ。おっと、ここだけのヒミツだぜ? んで、オイラがそれを譲り受けて売りさばくってことになったってワケ。社長さんは大した金持ちだから、安くてもさばければ構わねえのさ!」
なるほど、一応ハナシの筋道は通っている。しかし、その一方で作りバナシめいたうさん臭さも拭いきれない。それでも、ごく一部の疑心暗鬼な客以外は、みな納得したようだった。
「へぇ。なるほどね……。でよ? ついでに聞きてぇんだが――それのことだよ」
「いやはや、ホントに中坊かい? そんなトコばっか目ぇつけられちゃ、商売上がったりだ!」
小山田が次に指さしたのは、若い口上売りのタスキに書かれた一文だった。
『ジャンケン三本勝負! 見事勝ったら、もう一個プレゼント!』
商売上がったり、などと泣き言を言ってみせたものの、そんな目立つところに書いてあるところをみると、隠す気どころかむしろどうぞご覧ください、と言っているようなものである。
「もう一個プレゼント……ってどういうことだよ?」
「そりゃあ、お兄さん、お買い上げいただいたステキな商品と同じモノを、もうひとつ差し上げます! ってことに決まってるじゃあありませんか! いやぁ、見つかっちまったなぁー!」
運悪く同じモノが品切れであれば、同じ値段の別の商品でもよいのだと言う。
つまり、ただでさえ激安の高級アクセサリーが、さらに半額になってしまうチャンスがあるということだ。小山田と若い口上売りの会話を聞いていた客たちは、とたんに目の色を変えて、ああでもない、こうでもない、と品定めをしはじめた。輪の人数が一層増えた気がする。
しかし、小山田は若い口上売りから目を離さず、挑むようにこう告げた。
「よし! そのハナシ、乗った! 覚悟しとけよ、俺様が勝てば、ペアのアクセサリーだぜ!」
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