第395話 雪が、降る at 1995/12/23
(どうして、雪なんて降ってるんだ!? 中学三年間、クリスマスに雪なんて降ってない!!)
毎年、勉強に明け暮れて、ロクに友だちもおらず、家でこの日を過ごしてきた僕はいまだに覚えていた。中学在学中の三年間に、一度もホワイトクリスマスなんてなかったことを。
それはある意味、僕のささやかで、自分のチカラではどうにもならない天任せな復讐のひとつだった。クラスの連中が、やれパーティーだデートだ、と浮かれうつつを抜かしている中、ベランダから眺める開けた景色がいつもどおりの真っ暗な世界であることが支えだったのだ。
(なのに……雪が降ってる……! これは一体、どういうことなんだ……!?)
歴史は変わらない、ただ繰り返す――そのはずだったのに。
僕と純美子の大切な思い出の夜を演出する、天の神様やら仏様やらからの、気の利いたプレゼントなのだとは決して思えなかった。それほど楽天的でも、能天気でも、僕はない。
(歴史が……変化している……? それって、いいことなのか……? それとも――)
「………………ねぇ、ケンタ君?」
「うわびっくりした驚かせないでよスミちゃん!」
「そっ! そんなに驚くことないでしょ! ……うふふふ、変なケンタ君」
狭い脱衣スペースにより固まって、わずかにしか外の様子が見えない内倒し窓から見える景色を二人で見つめる。やがて純美子は僕のシャツの裾を、ぎゅっ、と握ってこう言った。
「雪、降ってきたね! ケンタ君のおうちって、ベランダからの景色がキレイなんでしょ?」
「あ――ああ、うん。見てみる?」
純美子にシャツの裾を握られたまま、僕たちはベランダの窓を開けた。一気に冷えた空気が室内に忍び込んでくる。純美子は、ひゃん、と小さく悲鳴を上げて、さらに僕に寄り添った。
「うわぁ。いいなぁ! 目の前に他の団地も何もなくって、とっても見晴らしいいんだね!」
「うん、目の前は調整池しかないからね。あっちの方――には丹沢と富士山が見えるんだよ」
サッカーコート二面分は確保できる広さの調整池は、流入した土砂のせいで徐々に埋まってしまい、夏には草木が生い茂り、冬の今はそれも枯れていた。その分、団地族につきものの、プライバシーの問題がないのが僕の家のいいところだ。
純美子の住む団地棟は商店街に面しているので、見下ろしても昼間は買い物客、夜は疲れて酔っぱらったサラリーマンか夜行性の不良少年少女たちが大はしゃぎしている様子しか見れないのだろう。その点、僕の家は特別だ。
「雪、キレイだね……ステキ……」
「……」
僕はフクザツな思いを抱えたままうなずく。この雪は積もるのだろうか。それとも雨に変わるのだろうか。町田は、東京都とはいえ、ほぼ神奈川と言ってもいい位置にある。そこまで山深くもないが、冬の寒さは、コンクリートとアスファルトで構成された都内の比ではない。
「………………ケンタ君?」
「あ――ああ、うん。積もると、いいね」
「うん。なんだか……ロマンティック」
そのセリフとともに純美子が僕の肩にもたれかかってくる。
僕はその大きな瞳を見つめて――。
――くしゅん!
「ふぇ……ご、ごめんね! やっぱり寒かったみたい。……おでこ、ぶつからなかった?」
「あ、あははは。大丈夫だって。景色は堪能した? そろそろお風呂の様子を見てくるよ」
あっぶねぇええええ!
思わずフンイキに流されて、そのままキスするところだった!
い……いや、それは別に問題ないのか。僕たちお付き合いしていて、一緒にお泊りしてるんだし。ただ……自制しようと思えば思うほど、あっち方面の欲求は高まる一方なわけで――。
僕は小さくひとりごちる。
「はぁ……これ、朝まで無事で過ごせるのかな……。って、僕次第なのか……」
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