第376話 汚れ役は底辺男子に適した職業(5) at 1995/12/15

「――っ!?」



 ロコがはじめて動揺をあらわにし、目の前の少女を恐れるように一歩あとずさった。だが、桃月の怒りはその程度で治まるようなレベルのものではなかったのだ。



、ってどういう意味!? あたしの方が一番で!? いつもセンターでまたかって思っちゃって!? あたしの方があんたより上で!? ふざけんなよっ!!」


「あ……」


「対等に扱ってよ! ライバルだと思ってよ! 獲ったら大喜びして、獲られたら思いっきり悔しがりなさいよ! どうしていつも平気なの? あんたのその余裕ぶった顔が大っ嫌い!」



 ロコはもう何も言えず、ただ桃月から叩きつけられる言葉を無言で受けるだけだった。



「あんたが来るまで、ロコがあたしの前にあらわれるまでは、あたしがみんなの『』だったのに! あたしがどんなに努力してたのか、あんたにはわからないでしょうね、きっと!」



 そうか――。


 底辺陰キャ男子である僕、古ノ森健太では到底理解できないことだったけれど、それは桃月にとってはとても受け入れがたい、絶対に認めたくなんてない厳しい『現実』だったのだ。



「ロコがやった、ただそれだけで、みんなは納得するじゃない!? 兼部のことだって、今までは認められてなかったもの! 校外活動の班決めだって、みんなロコ目当てで集まって取り合いしてたんじゃない!? ダッチとムロと、モリケンの勝負だってそうだったじゃない!」


「だ、だって、それは――」


「事実でしょ!? 違う、って言い切れるの!?」


「――っ」


「あたしだけ残って、それで喜ぶ奴なんていないもの! だって、『』なんだから!」


「……それは、違うよ、桃月」



 僕は、静かに絞り出すように、その言葉を口に出した。



「桃月天音って女の子は、誰にでも愛想がよくって気さくに話しかけられて、いつも優しくてまわりを楽しくしてくれる、そんな女の子だ。誰だっていいからって選ばれてるわけじゃない」


「……っ!」


「そんな桃月だから、守ってあげたい、そう思ってる奴だっているんだ。不器用で、乱暴で、ひねくれてて間違いばっかりしてるけど、君のことが『一番』だ、って、いつも思っている」



 こんな時だから、と、僕は都合のいい、耳ざわりのいい言葉だけを並べたつもりはなかった。


 実際、桃月はクラスの男子連中にも人気があって好かれている。たしかに少しばかり性的な魅力という一面に偏っているような気がしないでもなかったが、それでも好ましく思われているのは事実だった。むしろ、『高嶺の花的』なロコよりも話しかけやすい、そういう奴もいた。


 しかし、それも桃月なりの努力が実った結果だったのかもしれない。




 し……ん、とつかの間の静けさが訪れた。

 が、桃月の握り締めた拳は震えていた。




「でも……でも……っ!」



 桃月は、耐え切れずに血を吐くような叫びを上げる。



「それでもっ! あたしの『のよ! どんなに好きでも、想っても!」



 ああ――そうか。

 そうだったんだな。



「あたしはムロのことが好きなのよ! ずっと好き! 他の誰よりも! ずっと、ずっと!!」



 そう。


『西中まつり』での『電算論理研究部』の出し物の、最後のコンピュータ―相性占いで桃月が相手に選んだのは、一緒に付き合ってくれた小山田徹ではなく、あの室生秀一だったのだから。






 そこで――ロコが思いもかけないセリフを放った。






「……でも、モモは……その気持ちをじゃない。違う?」



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