第354話 二学期・期末テスト(3) at 1995/11/27
「な――なんのハナシだか、さっぱりわからないんだけど……?」
「とぼけなくたっていいよ、木島さん。僕、二人がやりとりしているところ、見てたんだ」
「……っ」
三時間目の『保健体育』のテストが終わったあと、さっきの二人――クラスでも地味目な部類にわけられる木島さんと森谷さんを呼び止めて、僕は廊下の端の、誰も来ない場所で単刀直入にそう告げた。
「別に君たちをどうこうしようってんじゃないんだ。けど、それにどうしても興味があってね」
「だ、男子が見るものじゃない! 見ていいものじゃないんだって!」
「? ……どういう意味だ?」
「ち――ちょっと待って! どういうものか知ってるって言ってたけど、あれ、嘘だったの?」
「もうこの際、嘘かホントかは関係ないんだよ。さあ、見せてくれ」
「……っ」
「どうしても断るって言うなら……こっちにも考えがある。それくらい真剣なんだ」
「………………わ、渡せばいいのね?」
「うん。それだけでいい。君たちが渡したってのはヒミツだ。迷惑はかけないって約束するよ」
それでも木島さんは最後の最後に抵抗するそぶりを見せた。が、やがて通学鞄の奥の奥の方にしまいこんでいたそれを取り出した。ごく普通の茶封筒。中の物の厚みでわずかに膨らんでいる。それからもう一度まわりを見回して誰もいないことを確認すると、僕の手の中に置いた。
「ぜ、絶対に、あたしたちが渡したってことはナイショにして」
「もちろん。神に誓うよ。足りなければ仏にも誓う」
「じ、じゃあ――」
僕の言うことを信じたというより、一刻もこの場を立ち去りたかったのだろう。木島さんと森谷さんは念を押すように僕の目を覗き込みうなずくと、人目を避けるように去っていった。
そのまま早足で階段を下りていく二人の姿が見えなくなった頃、僕は茶封筒の中に入っている数十枚かの紙片の束を取り出し――そして、驚きのあまり声を失ったのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「はじめに言っておくけど……ちょっと刺激的な写真だから、驚かないように。いいね?」
僕ら『電算論理研究部』の部員たちは、顧問でもある荻島センセイに無理を言って、テスト対策の勉強会をする、と半ば嘘をついて部室に集まっていた。僕の前置きに、たちまち緊張が走る。
「クラスの女子の間で出回っていたのは、これみたいなんだ。今回の件に関係しているらしい」
僕は手の中の光沢を帯びた紙片を一枚ずつちゃぶ台の上に並べていく。
「こ、これ……なんなの……!?」
「恐らくは、っていう推測なら話せる」
実は、木島さん、森谷さんとの会話から、たぶんそうであるらしいことを僕は知っていた。
「これが例のウワサの中で出てきた『体操部員たちの弱み』ってシロモノなんだろう、きっと」
その中には――。
みずみずしい真っ白な姿態をあらわにした、下着姿だけの女子生徒の、着替え途中の無防備な姿が写し出されていた。隠し撮りなのだろう、なまめかしくも生々しすぎて。見れてうれしいというより、背徳感と罪悪感の方が強い。他のものを見ても大体同じようなシーンで、恐らく部活後の女子更衣室での着替え時間に、悪意持つ何者かによって撮影されてしまった写真なのだと思われた。
ただ唯一の救いは、どれも顔に関してはほとんどと言っていいほど写っていないことだった。斜め後ろから撮影されたものだったり、正面からのアングルでも首から下しか写っていなかったりといった具合に、だ。それでも、写っている本人ならどれが自分かはわかるに違いない。
――ただ一枚を除いては。
「こ、これ……きっとそう、だよね? ほとんど目元まで写っちゃってる……。ひどい……!」
純美子が小さな悲鳴を上げて、わななく口元を両手で押さえた。
その写真に写っている女子生徒の名を、僕は確かに知っている。
ああ、間違いない。
カノジョの名は、桃月天音だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます