第306話 同じじゃないんだって at 1995/11/2

「――そ、それってどういう意味なの、ロコちゃん!?」



 あまりに突然だった。



 純美子が教えてくれたとおり、本来なら先週返却されるはずの中間テストの結果が、おとといから今日にかけてあらかた返されてきた。なので、例によって例のごとく『電算論理研究部』の部員全員で、振り返りを含めてミスした箇所をチェックしよう、という段取りだったのだが。



「今まで一生懸命やってきたんだよ!? そ、それを急に、こんなの意味ないなんて……!」


「な、なに怒ってんのよ、かえでちゃん。びっくりするじゃんか。声大きいって……」



 ロコは慌てたように視線をそらしてまわりを見る。しかし、立ち上がり、拳を震わせて声を上げた佐倉君は、瞳を潤ませてなおもロコに言った。



「こ、今回、確かにちょっぴり成績は下がったよ!? で、でも、一生懸命勉強してきて――」


「あははは……でもさー? ここがあたしの限界なのかなーって思ったり。ね?」


「そ、そんなことない、ですよ!」


「お、おいおいおい……ちょっと落ち着きなよ、佐倉君。……一体何のハナシなんだ?」



 ちょうど今部室に来たばかりだった僕には状況がまるでわからない。急いで蹴り除けるように上履きを脱いで、部室の畳の上を小走りで近づいた。そうしてロコと佐倉君の間に入る。



「どういうことだ? ロコ? 佐倉君?」


「………………ケンタには関係ないから」


「関係なくないですよっ! もうっ!!」



 佐倉君は固く握りしめた拳を怒りに任せて振り下ろすと、手の中にあった採点済みの答案用紙を僕に押しつけるように差し出した。名前は……上ノ原広子――ロコの物だ。たちまちロコの表情が露骨に嫌そうにゆがんだ。ぷい、とそっぽを向く。



「た、ただ、前回より点数が悪かっただけじゃない。今までのあたしにしたら十分だって」


「……かもな」



 僕はざっと中身に目を通した。

 それからそれをていねいに揃えてロコの前に置く。



「テストの成績はどうだっていい。それより……こんなの意味ない、ってどういうことだ?」


「うっさいなぁ。べ、別にあたし、そこまで言ってないし……」



 ちゃぶ台の上に置かれた答案用紙をひったくるようにして鞄にしまいながらロコは言った。けれど、隣に立つ佐倉君の、冗談の入り込む隙のない真剣な表情が、ロコの言葉が嘘だと告げていた。



「じゃあ、佐倉君が嘘をついてる、ってことなのか、ロコ?」


「……」



 ロコは僕の問いに答えられなかった。嘘をついているのはロコだ。

 すると、ロコが口を開いた。



「……あのさ? この際だから、はっきりさせときたいんだけど――」



 開き直りとも違う、強気で不敵な、ある意味ロコらしい直球どストレートの言葉だった。



「あたしはさ? みんなみたく頭が良いわけじゃない。みんなと同じじゃないんだって」


「で、でもそれは――!」


「あ、うん。かえでちゃんの気持ちはうれしいよ? でもさ……正直しんどいんだよ、もう」



 ロコは中途半端な笑みを浮かべたまま、自分の正直な気持ちを洗いざらい吐き出す。



「ケンタは町高目指すんでしょ? スミもそうじゃん? それに、シブチンもサトチンも。ハカセは、えーと……筑波大付属だっけ? ツッキーは私立女子高で、佐倉君は成瀬、だよね?」


「で、でも、ロコちゃんだって……!」


「あたし? あははは、無理無理無理! 偏差値四〇そこそこじゃ、御須田おすだだってギリだって」



 御須田高等学校は、この八王子・町田エリアで一番偏差値の低い公立高校だ。残酷な現実を突き付けられてしまった部員たちは、返す言葉もなく黙り込んでしまった。ロコはこう続けた。



「がんばりにがんばり抜いて、奇跡的に咲山高校受かったって、あとがツラいだけ。ついてけないんだしさ? それよりあたしは、今を楽しむことに集中したいってだけ。……じゃあ、あたし、帰るね」



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