第300話 恋する遊び島・アフター at 1995/10/28

「ギリギリになっちゃったね……スミちゃん、ウチの人に怒られない?」


「たぶん……大丈夫。まだ七:〇〇前だし。でも、ホントはもっと……ううん、なんでもない」


「? あ、う、うん。ならよかった……けど」



 僕と純美子が『咲山団地センター』バス停に到着した頃には、日没から二時間をすぎ、もうすっかり夜がやってきていた。『三井住友銀行』――この頃は『さくら銀行』か――の前の広場からは、スケートボードの練習をしている、かたん、しゃー、という音が聴こえてくる。



「……」「……」



 楽しかった時間もあっという間で、知り合いの陰もカタチもない思う存分羽を伸ばせるアウェーから、どこで誰が見ているかわからない窮屈なホームへと戻ってきた僕らは、ついさっきまでかたときも離さずつないでいた手と手をそっとほどいて、ほんの少し距離を空けた。


 そして、なるべくゆっくりと、少しでも長い時間一緒にいられるようにと歩を進める。



「あ……ありがとうね、ケンタ君。とっても、楽しかった」


「う、うん。喜んでもらえたなら、僕もうれしいな……」




 明日からは、また学校での日常がはじまる。




 いつも、いつでも、今日のような距離で、お互いの熱を感じて、吐息を感じて、気持ちのままに素直に手をつないだりできたらいいのに――つい、そんな欲が湧いてしまう。それは、僕だけの感情なのだろうか。いや、きっと純美子も同じ気持ちでいてくれるはずだ、と思う。




「「あ、あのっ――!」」




 意を決したひとことがぴたりと重なり、僕らは真っ赤になって互いを見つめたまま、揃って、ぷっ、と噴き出してしまった。



「あははは! 僕ら、すっごく気が合うんだな」


「うふふふ! そうだよ? だってわかるもん」


「そりゃあ、僕だってわかるよ。だって――」


「うんうん。そうだよね。スミもおんなじ――」



 知らずのうちに、僕らの足はすっかり止まっていた。お互いの肩にそっと手を添えて、僕と純美子は銀行前の広場に立っている時計台を見上げた。六:五〇――もうすぐ僕らにかけられた魔法がすべて解けてしまう時間だ。




 まだ一緒にいたいのに。


    いろんなハナシをしたいのに。


       君の声を聞いていたいのに。




「……ねえ、ケンタ君?」



 ――どきり。

 純美子が僕を、熱を帯びた大きな潤んだ瞳で見つめている。



「さっき言ってたよね? スミの考えていること……なんでもわかっちゃうんだって……」


「う、うん」


「い、今は……どう………………かな……?」




 僕は、なにも言わずに、こくり、とうなずいた。

 そして――。



「ダ、ダメだよ……誰かに見られちゃう……から……」



 純美子はそう言ったが、僕以上のチカラを込めて、すがりつくように僕のカラダを抱きしめ返してくる。その細いたおやかな指先が、僕の二の腕を、きゅっ、と痛いくらいに握り締める。



「ダ、ダメなんだよ? ホントはこんな、みんなに見られちゃうところでこんなことは……」


「……構うもんか、ウワサされたって何言われたって。明日が晴れるなら、スミちゃんが笑ってくれるなら、僕はそれだけでいい。それだけで僕は、どこまででも走っていけるから――」




 あとはもう、言葉は邪魔なだけだった。




 それ以上、何も言わないように、僕らはそっと――。



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