第194話 夏の、祭の夜に(3) at 1995/8/27
どどんどどん――。
ぴゃらりらり――。
祭
(待て……待てってば! 待ってくれよ、ロコ――!!)
ち、ち、ち――。
さっきまでは、合宿の時にロコが着ていた藍色に朝顔の大輪が咲いた浴衣がおぼろげに見えていた気がする。でも今はもう、あの髪飾り――僕が子供の頃ロコにプレゼントした髪飾りが放つ青白い燐光だけが頼りだ。そのかすかに明滅する灯が、蝶が舞い飛ぶようにまた移動した。
(どうしてだ……どうしてなんだよ……! なんで、逃げていっちまうんだよ……!!)
追いつけそうで。
追いつけなくて。
届きそうで。
届かない。
いらだちを隠し切れず、腹立ちまぎれに押し退けたいくつもの顔が茫然と僕を見つめている。それでも僕は、ただひたすらにかきわけ、押し退け、突き飛ばし、恥も外聞もなく前へと進む。
(………………え?)
――いない。
あの、青白い蝶が虚空に描く軌跡が途切れてしまっていた。
あれほど鬱陶しいまでに僕を取り囲んでいた人の群れはもうはるか後ろで、目の前の計画道路にまたがる木曽橋を越えればイ号棟が立ち並ぶ居住区だ。こんなところにいるはずがない。
(一体にどこに……あ! あれは……!?)
遠くやぐらのまわりで舞い踊る祭り客の輪の、一番奥の方に、さっきの青白い光がかすかに見えた。
(でも、行ってみるしかない! そして、あいつを捕まえて、それから――!)
――どうする気だ?
そこで僕の思考は、いつも、ぴたり、と静止してしまう。
(僕は……河東純美子……スミちゃんが好きだ! あの時からずっと。今でもずっと――!)
なら、ロコに、僕のヒーローであり兄貴分であり、師匠であり頼れる相棒だった上ノ原広子に対して、今の僕が抱いているこの感情はなんなのだろうか。これに名前はあるのだろうか。
(僕は……上ノ原広子……ロコが……。ロコは僕にとって……。ロコにとって僕は……)
ぐるぐると思考はループし続けて、最後の、肝心な答えまで、どうしても辿り着けないのだ。そのうち、盆踊りの輪から、青白い光がふよふよよ離れていくのが見え、僕は頬を張りつける。
(ダメだ、ダメだ、ダメだ! 今はとりあえず、あいつを掴まえないと! それからだ!!)
僕は再び駆け出す。その背中を押すように場内アナウンスが響き渡った。
『えー、お待たせいたしました! まもなく、恒例となりました花火大会のお時間です――!』
走る、走る、走った。
そして僕は、ようやく走ることをやめた。
「あ………………。もしかして……ケンタ……君? ケンタ君なの?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます