第171話 かえでちゃんを探して at 1995/8/6

「まいったなぁ……なんだか佐倉君らしくない……」



 結局、昨日土曜日も佐倉君は部活に姿を見せることはなかった。



 通っているテニススクールの方が忙しいのかもと思い、滝の沢にある佐倉君の所属する『町田ローンテニスクラブ』まで自転車を走らせて聞きにいってみたのだけれど、この数日間スクールでの練習にも参加していないそうで、大会も近いので困ってしまっている、と聞かされた。



「僕たちに一言もない、ってのが、また佐倉君らしくないんだよなぁ……うーむ」



 そもそもあの礼儀正しくて真面目な佐倉君なら、なにか別の用事があって部活に参加できない時は、きちんと事前に連絡してくれるはずである。


 それがない、ということは。

 つまり。



「……もしかして、急に部活に来れなくなった事情があるのか? 身内に不幸があった、とか」



 それでも、連絡くらいはくれると思う。そこがどうにも腑に落ちないのであった。

 というわけで――。



「いきなり尋ねたりしたら、迷惑だよなぁ……。事情がわからないんだし」


「なーにいまさらなこと言っちゃってんのさ? ここまで来といて、黙って帰るつもり?」



 僕の陰鬱なブツブツにツッコミを入れたのは、同じく佐倉君不在の噂を聞いて居ても立っても居られなくなったロコだ。特に示し合わせたわけじゃなく、僕が外に出たらタイミングよくそこにいたのだ。そのままなんとなく二人揃って佐倉君の住むイー11号棟まで来てしまった。



「ま、それもそうだよな。家庭の事情とかだったらそれもわかるし、聞くだけ聞いてみるか」



 昼間の薄暗い階段を昇り四階まで辿り着いた僕らは、インターフォンを押した。



『……はい。どちら様ですか?』



 スピーカー越しに返ってきたのは、警戒心をむき出しにした幼そうな声である。妹だろう。



「えっと、佐倉君と同じクラスで、同じ部活をやっている古ノ森って言います。佐倉君は――」



 そこまで言いかけたところで、ガチャリ、と開錠されたクリーム色のスチールドアが開いた。



「あの……ウチは全員『佐倉』ですけど? もしかして……かえでのことですか?」


「あ……そ、そうだよね。ごめん。かえでのことなんだ。最近、部活にこなくなっちゃって」



 互いが口にした敬称に、少なからず意識の差みたいなものを感じたが、このくらいなら許容範囲だろう。

 それにしても、佐倉君によく似た妹であろう目の前の少女からは、貫禄というかオトナの余裕のようなものすら感じられた。しっかり者、と一言で表すだけでは物足りない。それだけに、身に着けているキャラクター物のTシャツとデニムのスカートがミスマッチだ。


 と、突然、目の前の少女がていねいにお辞儀をして口調を改めた。



「ごめんなさい。いきなり失礼しました。あたし、かえでちゃんの妹で、みかんって言います」


「みかんちゃんか。こんにちは、改めて、僕は古ノ森健太。この子は上ノ原広子っていいます」


「よろしくねー、みかんちゃん! うっわ、やっぱかえでちゃんに似て、かわいいーっ!」



 そういうが早いか、ロコはわずかに開かれていたスチールドアをこじ開け、みかんちゃんに抱きついたかと思うと、猛烈なイキオイで頬ずりをしはじめた。たちまちみかんちゃんの表情が曇る。



「ええっと、あの……すみません。古ノ森さん……でしたよね? 、取ってもらえます?」


「りょ、了解! こらこら! ロコ! 今すぐ離れろ抱きつくな匂いを嗅ぐな!」


「わわわ! ちょ、ちょっと! 邪魔しないでって――!」



 大急ぎでロコの着ていたウインドブレーカーのフード部分をひっぱるようにしてみかんちゃんから引き剥がす。名残り惜しそうなロコだが、相当かえでちゃん成分に飢えていたらしい。みかんちゃんは仏頂面をしたまま、乱れた前髪やほつれたツインテールを整えて溜息をついた。



「もう……この人も、ウチのお姉ちゃんたちと一緒ですね……。距離が近くてやんなっちゃう」


「あ、そっか。かえで君の上に、お姉さんが二人いるんだったね。今は……いないのかな?」


「……かえでちゃんと三人で出かけてます」


「あ、ああ、そうなんだ。じゃあ、お邪魔してごめんね。かえで君には、心配してるって――」


「心配、してるって……今、そうおっしゃったんですか?」



 そしてみかんちゃんは悲痛な声で僕にこう訴えたのだ。



「あ、あの! 古ノ森さん、どうかかえでちゃんを助けてあげてください!」



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