第163話 僕らの『がっしゅく!』最終日(4) at 1995/7/30

 ……ずずず。



「ははは! なるほど! いやぁ、実に面白いことを考えますね、君たちは!」



 現在は僕ら『電算論理研究部』の部室となっている宿直教員用の部屋で、のんきにれ立ての緑茶とセンセイ用のお土産に買ってきた甲州銘菓「栗せんべい」をかじりつつ、荻島センセイはすっかり感心したように膝を叩きそう言ったのだった。そして湯飲み越しに僕を見つめる。



「……で? 古ノ森君は、顧問の私に、文化祭の出し物をやるための予算を出して欲しい、と」


「そうです。難しいですか?」


「なにせ、新設された部ですからねぇ。今年度の予算に、元々含まれてはいないんですよねぇ」



 そう言い訳のように言ってから、荻島センセイは僕が合宿中に急遽作成した文化祭の出し物案についてまとめた資料に目を通すと、眉根をきゅっと寄せて、ううむ、と低くうなった。



「とはいえ、です」


「はい」


「やりたいことの規模に対して、必要な資材はものすごく最小限に抑えられていますね?」


「はい。実のところ、そんなにたくさんの予算はいらないな、って思いましたので」



 僕は、湯飲みの向こう側で荻島センセイが口元を笑みの形に変えたのを見ながら続けた。



「段ボールなら、商店街のスーパーの『大丸ピーコック』か『三徳さんとく』からタダでもらえると思っています。今のうちにお願いしに行けば、もう在庫がない! ってこともないでしょうから――」



 ギリギリになると、みんながみんな段ボールをねだりに行くはずなので、早めの行動が吉だ。



「その他でお金がかかりそうなのは、模造紙だと思います。一枚五〇円くらいだと思いますし、枚数も一〇枚は必要な計算です。ただ……正直僕は、わら半紙でもいいかなって思ってるんですよね」


「ほう……それはなぜでしょう?」


「コンピューターは、この先の世界にかかせない物になっていく、いわば『未来の道具』です」


「ふむ。そうですね。それで?」


「そんな一番新しい最先端の物なのに、わざと古臭いわら半紙を使って説明してるってのが、逆に面白いかなって」


「ははは。確かにそうかもしれませんねぇ」



 荻島センセイはさもおかしそうに笑いながら、僕の作成した資料を次々とめくっていく。


 そして、とあるページでその手が止まった。



「予算については、私からも校長先生にお願いしておきます。この規模であれば、こころよく承諾してもらえると思いますよ、うん。ただですね……古ノ森部長、ここだけは少し気になりますね?」



 ……まあ、予想どおりか。

 僕はわざときょとんとした顔付きをして、荻島センセイの開いているページを覗き込んだ。



「ここですよ、古ノ森部長。ここに『』と書いてありますね? これは?」


「えっと。僕の家にある、これと同じ物を持ってこうかなって。……え、まずかったですか?」



 荻島センセイは深々と溜息をつくと、僕の目をまっすぐ覗き込んだ。

 これは……バレてるな。



「まったく、わかってるくせに……。君という生徒は、ときどきそうやって間の抜けたフリをしますけれど、この私には通用しませんよ? 演技と嘘なら、落語家の私の方が一枚上です」



 ぎろり、と荻島センセイは眼力を発揮して、嘘でごまかそうとした僕の機先を制して続けた。



「校長先生からいただいたコンピューターのために、この部室を、施錠のできる部室を用意したことを忘れてはいませんよね? それだけ高価な物だということは理解しているはずです」


「けど! 必要なんです、もう一台!」


「あのね。この一台だけでも文化祭に使用することは禁止したいところなんですよ、先生は」


「しかし! 実際に触れてみなければ、誰も『未来』に触れることなんてできません!」



 みんなは落ち着きを失くしておろおろしはじめたが、僕と荻島センセイのにらみ合いは続いた。夏合宿で考えた、僕らのアイディアを実現するためには、どうしてもあと一台必要なのだ。




 やがて――。




「はぁ……。顧問なんて引き受けるんじゃなかった。ただし、学校は責任を取れませんからね」



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