第160話 僕らの『がっしゅく!』最終日(1) at 1995/7/30



 ――はっ!?






 はい。安定の夢オチ。

 知ってましたぁあああああ! くっそぉおおおおお!




「――え。ねえってば。寝ちゃってたよ? はりきりすぎて、疲れちゃった?」


「んん!? んぁ! ご、ごめん!」



 僕はどうやら居眠りをしてしまっていたようだ。今はまだ、山中湖から御殿場駅へと向かうバスの中。右へ左へと曲がりくねった道に揺られ、いつの間にか睡魔の餌食えじきになってたらしい。てか、あんな展開、淫魔サキュバスのしわざだろ……妙に意識してしまって、隣の純美子を直視できない。



「えっと……。ケ、ケンタ君? ほら、ハンカチ貸してあげるから……その……ふ、拭いて?」



 口元に差し出された、バラの刺繍がワンポイントで施されたふんわりいい匂いのする真っ白なハンカチを目にして、どうやら盛大によだれまで垂れ流していたことに気づいた有様だ。



「いっ! いいよ! こんなの、袖で拭いちゃえばさ……わぷっ!?」


「もー! 昨日の夜、一人で夜更かししてたんじゃないの? こーらっ! じっとしてるっ!」



 ふきふきふき……。


 幼稚園児じゃあるまいし、頬を濡らすよだれを袖で拭くと言ったのがよほど堪りかねたのか、純美子は眉根を寄せて睨みつけ、ホールドアップの体勢で硬直している僕の顔を拭き始めた。そしてようやく許せる範囲までキレイにしたところで、純美子は僕の耳元に顔を寄せて囁いた。



(ど――どんな夢、見てた……の? しょ、正直に白状しなさい!)


(い、いやいやいや! べべべ別に僕はそんななにもあのその――!)


(でもぉ……何度も『スミちゃん』って呼んでたんだよ? みんなに聴こえちゃいそうで……)


(――!? ご、ごめんっ! そのぅ……嫌、だった?)


(………………も、もうっ! 知りませんっ、馬鹿っ!)



 耳まで真っ赤になった純美子は、ぷい! とそっぽを向いてしまった。えっと……そのハンカチ、洗って返した方が――うーむ、奪い取れる雰囲気じゃないな、これ。むむ、困ったなぁ。




 しかし、だ。


 確かに昨日の夜、時巫女・セツナと話していたはずなのに、いつの間に眠ってしまったのだろうか? 朝になってスマホを確認したら、確かに非通知の着信が記憶どおりの時間にあった。




『僕は運命を、歴史を変えなきゃいけない。自分のために。そして……君のためにも。だろ?』


『………………ああ。そういうことだ、古ノ森健太』




 ここまでは現実の出来事だったんだ。

 そして、誰かの気配を感じて振り返った時――恐らくそこからの記憶が曖昧になっている。



(ここまで来たら、もう正体を隠す必要なんてないはずなのに……。『運命共同体』、だろ?)



 けれど、仮にの正体がそうなのだとして、どうしても信じ難い点が残るのも事実だった。



(今日まで目にしてきた彼女の姿や態度、行動のすべてが嘘、演技だったなんて思えない……)




 かつての『二年十一組』にはいなかったはずの『四十三人目』――。


 確かにいた、という記憶だけはある。

 それなのに、彼女にまつわる思い出が、何ひとつ残されていない。


 昨日の夜、僕が振り向いた先には、その姿があったはずなのだ。



 僕は考え込むように座席の背もたれの上に肘をつき、組んだ両手ごしに彼女の姿をそっと盗み見る。あまりにはかなげで、あまりにもろく、それゆえ心をわしづかみにする淡く消えそうな笑顔を。



(そうなんだろう、『時巫女・セツナ』? 君がそうなんだよな? でも、どうして……?)






 彼女の名は、水無月琴世。

 そう――僕らの大切な、かけがえのない五人目の仲間の、名だ。



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