第159話 インタールードⅢ at 1995/7/29

『……なぜお前は、そうまでして皿洗いがしたいのだ? 理解ができない……』



 時巫女トキミコ・セツナの心底呆れたようなスピーカー越しの一言に、なんとなくどう返答するのか察しはつくものの、一応ツッコミをいれておくことにする僕。なお、じゃんけんは弱い模様。



「っていうか、どうして皿洗いをしてるってわかるんだよ?」


『ハハハ。もちろん見張っているからな。お前がそのスマホを持っている限り、特定ができる』



 全地球測位システムGPSの本格的な携帯電話への実装は、3G、つまり第三世代携帯電話端末からのはずだ。だがしかし、一九八九年に人工衛星が打ち上げられ、正式な運用開始は一九九三年からである。たしかにその点においては矛盾がないだろう。とはいえ、だ。



「……軍用の衛星まで、好き勝手にハッキングができる、とでも言うつもりなのかよ?」


『ハハハ。むろん、冗談さ。タチの悪い冗談だよ、古ノ森健太。そう怒るな』



 じゃあ、どうやって? という問いは、あえてしなかった。どうせはぐらかされるに決まっている。僕は溜息を押し殺し、最後の一枚の皿の水気をふき取り、食器立てにそっと並べた。


 そうしてから、ぼんやりとテラスを照らす織月せんげつを見つめ、しみじみと言葉を舌先にのせる。



「でもさ……。お前の狙いなんて、正直に言って、もうどうでもいいんだ。……感謝してる」


『おいおいおい――』


「なにも私がやったわけではない、そう言うんだろ? それも大方予想がついてるよ、僕は」



 この中学二年生の一年間のやり直し、『リトライ』は、時巫女・セツナが仕組んだものではない。それは、彼女もまた、僕と同じ『リトライ者』である、と知った時点で確信していた。



「僕とお前は『運命共同体』……そう言ったよな? つまり、



 時巫女・セツナはこたえなかった。

 こたえられなかった、というべきか。



「誰が仕組んだか? それだって、もうどうでもいいのさ。それよりもっと大切なことは――」



 僕はエプロンをほどき、ふきんと一緒にキッチンの台の上に置いた。



「僕は歴史を、運命を変えなきゃいけない。自分のために。そして……君のためにも。だろ?」


『………………ああ。そういうことだ、古ノ森健太』



 そのセリフは、まるですぐそばに時巫女・セツナがいるかのように響いた。

 僕は意を決して振り返る。











 が――。











「え……? そこで何してるの、スミちゃん……?」




 ――違う。

 そうじゃないはずだ。




 僕は薄暗闇の中に目をこらすようにその姿を見つめた。

 すると、純美子は囁くように言った。



「今……誰かと話してなかった、ケンタ君?」


「い、いやいやいや。気のせい……じゃないかな?」


「そっか……そんな気がしたんだけど……」



 すうっ、と滑るように純美子が近づいて、ふわり、とシャンプーの香りが鼻先をくすぐった。男女別々の部屋で寝泊まりしていたから知らなかったけれど、白くて大きめのパジャマ姿の純美子は、あまりにも無防備で、今にも壊れてしまいそうで、近づくことすら僕にはできない。



「……ね? ケンタ君?」


「ん?」


「あたし、ケンタ君に伝えたいことがあるの。どうしても」



 だが純美子は、恐れおののくばかりの僕の胸にそっとカラダを寄せると、こう言った。



「やっと言える……。やっと言えるの。あたし、ケンタ君のことが……。ねえ、抱いて……?」



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