第139話 僕らの『がっしゅく!』一日目(3) at 1995/7/27
「やっぱさ、合宿! って言ったら、カレーは定番っしょ!」
「ねー。そうそう。ロコちゃんってお料理得意なんだよね?」
「げー。あたし、ニガテ……。足引っ張らないようにするわ」
「やったことはない……ですけど……お手伝いします……!」
とりあえず初日は移動日だったこともあって、散策はほどほどにしてコテージに戻ることにした僕ら。
「うっ……重いよぅ……」
「文句は言うなって。これから女子チームがおいしい料理をふるまってくれるんだからさ」
とりわけ重そうな袋を咲都子のご指名で任されてしまった渋田を励ましつつ、数メートル前を並んで歩く女子チームを観察してみることにする。
髪をひとつにまとめてポニーテールにしたロコは、ライトブルーのタンクトップに黒のショートパンツを合わせ、日焼け対策にオフホワイトのフード付きウインドブレーカーを羽織っている。いかにもサマースポーツ得意系女子といったイメージがぴったりのファッションだ。
隣の純美子も髪をひとつにまとめているが、こちらは左寄りにまとめて前へ、胸元へと流している。うん、これはこれでかわいい。前面中央にずらりとボタンが並んだモスグリーンの襟付き半袖ワンピースに、アクセントとして黒のラインが二本入った白いベルトを締めている。これまたザ・避暑地のお嬢様ってカンジで、いつもよりオトナっぽく、とってもかわいらしい。
左端を歩くひときわ背の高い咲都子は、髪をてっぺんでお団子に結わえ、胸元と肩までの袖口に大振りなフリルをあしらった白いドレスシャツにスリムな黒のパンツを合わせている。ある意味において『懐かしい』感じがする都会の働く女性って印象のお姉さんファッションだ。
右端をロコの陰に隠れるようにしてちょこちょこ歩いているのは水無月さん。淡いピンクのセーラー服のようなかわいらしい衣装は、今でいう甘ロリって奴だろう。道中自慢げに話していたが、一式見立てたのはロコらしい。確かに背が低く、線の細い水無月さんにはよく似合っていた。ただ……正直に言って、キャンプとか合宿に来る恰好じゃないんだよなあ。
「みんな可愛い恰好してるなぁ……いいなぁ……!」
「そこは羨ましがるところじゃないと思うんだけどね、佐倉君」
「ね? ね? 誰が一番だと思う……? はいはいっ! サトチンですっ!」
「し、質問の意図がわかりかねるのですが、渋田サブリーダー……?」
そう潜めた声で口々に言いながら、あらためて自分たちの恰好を互いに見てみる僕ら。
僕は長袖の白Tシャツにカーキ色のトレッキングパンツ。一応、膝下をジッパーで取り外せてハーフパンツにできる優れモノである。渋田は定番白Tの上にチェックのシャツを羽織り、下はワイドなジーパン。どっちもどっちで、親の顔より見慣れたいつもの恰好である。
佐倉君はというと……ん? それってテニスウェア? と一目でわかる派手めなイエローの上下の組み合わせ。スカートのようにひらひらしたパンツの下には黒のレギンスを履いていて、気温差対策用にカラダのラインにフィットしたラッシュガードを着ている。かわいい。女子か。
唯一意外だったのは、五十嵐君だった。そもそも、五十嵐君の私服なんて見るのははじめてだったから、普段の見た目から想像するくらいしかできなかったのだ。
「な……なぜ、僕に注目しているのですか? ごく一般的なキャンプウェアのはずですが……」
カレッジ風半袖ポロシャツに糊のきいたグレーのスラックス。その上に羽織っているのはポケットが八個も付いた――探せばもっとあるのかもしれない――前面がメッシュになっているフィッシングベストだ。胸元から下げられているサングラスは、偏向グラスで水中の魚の様子がくっきり見えるという。それだけでも、うーむ、とうなりそうな僕たちにとどめを刺したのは、頭頂部に窪みのある――確かセンタークリースって奴だ――小粋な白いパナマ帽だった。
もう完っ全に、昭和の香り漂う、良きお父さんの理想像の完成である。
「ハ、ハカセ? ずいぶんキャンプ慣れしてるみたいだねー。服装もばっちりだよ」
「……以前、僕は古ノ森リーダーにこう依頼しましたよね? 人間らしさを学びたい、と」
「あ――ああ、うん。そ、そうだね」
「それにも関連する事柄ではあるのですけれど――」
無表情なままの五十嵐君なのに、僕には彼の抱える悩みが目に見えるようだった。
「僕は、普通が何か、わからないのですよ。この合宿を通じて教えてくださいませんか?」
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