第138話 僕らの『がっしゅく!』一日目(2) at 1995/7/27
「うーん! やっぱり、山の上の方だから、空気がキレイで新鮮だよね、ケンタ君」
「だね! こうして
リビングのふかふかすぎるソファーに遠慮がちに腰掛け、持ち込んだのが申し訳なくなるくらいごく普通のよく冷えたペットボトル入りサイダーで喉を潤した僕らは、身軽になったところで改めて散策してみることにしたのだった。コテージに戻る前に夕食用の具材を買ってこないといけない、ってのを忘れちゃいけない。買い出しのお店を探しておくのも目的のひとつだ。
「ちょ――! ちゃ、ちゃんと手ぇ貸しなさい……ってば! 転びそうになったじゃない!」
「もー。照れちゃってー。中途半端に指先だけ握ってるからそうなるんだよ、サトチンはー」
……あれ?
「大丈夫ですか? 疲れてませんか、ツ――水無月さん? いつでも言ってくださいね?」
「だ……大丈夫……だよ……? あ……ありがと……い、五十嵐君……」
……あれれ?
「ほら! 手出して! いざという時には、かえでちゃんはあたしが絶対守ってあげるから!」
「う、うん……ありがと(ぽっ)。……って! やっぱ女の子扱いされてませんか、僕ぅー!」
……ええと。
最後の一組は見なかったことにしておこう。
それが佐倉君のプライドを守るためだ。
しかし――見事にというかなんというか、なんとなく男女のペアが完成してしまっていた。
もちろん王道カップル(保留中)は僕と純美子。
夫婦ドツキ漫才の喧嘩ップルは渋田と咲都子。
そして、どことなく昭和の香り漂う正統派純愛ドラマのような五十嵐君と水無月さん。
ま、まあ、ロコとかえでちゃんの二人は、どっちかといえばペアというより仲良しな姉と弟みたいだったけれど、『避暑地での夏期合宿』という非日常のシチュエーションが、自然とそういう気持ちにさせているのかもしれなかった。とてもこんな姿はクラスの連中には見せられない。おいおい、なに底辺野郎が調子に乗って舞い上がってんだよ、と言われるのがオチだ。
でもこれこそが、あの頃、中学時代に憧れていた『夏期合宿』のあるべき姿だ! くーっ!
「ハカセ? この辺の地理は大体把握済みなのかな?」
アカマツの林を抜け、湖畔沿いの道路が見えてきた。僕が尋ねると五十嵐君はうなずいた。
「ええ。何度か家族で訪れていますので。ここから左手に進むと、ずらりと土産物店が立ち並んでいます。ヨットハーバーもありますよ。逆に右手に進むと、観光協会と『文学の森公園』があったと思います。静かで良いところですけれど、こちらにはあまり店舗はありませんね」
「じゃあ、とりあえず左側に行ってみようか。みんなもそれでいいよね?」
どうせなら景色の楽しめる湖畔沿いを歩いた方がよい、という五十嵐君のアドバイスに従って、往来の車に一時停止してもらい、道の向こう側へと僕らは渡った。なんでも、湖沿いの途中途中にサイクリングロードが設けられていて、ぐるりと湖を一周することもできるらしい。
「ふーっ。さすがに標高が高いから日差しが強いなあ。帽子か日傘を忘れず持参のこと、ってしおりに書いといたのは正解だったね、こりゃ」
じり、と照りつける太陽とときおり吹き抜ける涼風は爽快の極みだったけれど、剥き出しの腕が早くもちりちり焼かれはじめたのを感じ、額に浮きはじめた汗を拭い、まくっていた袖を下ろす。生粋のもやしっ子なので、すぐに日焼けして真っ赤っ赤になるタイプなのである。
「こんなに日差しが強いと、すぐ日焼けしちゃいそうだね、ケンタ君」
「ま、まあね。スミちゃんは日焼け止めとかちゃんと持ってきてる?」
僕に笑いかける純美子がかぶっているのは――あの日と同じ、ストローハット。
目にした光景に、ぐぐっ、と感情が揺さぶられそうになるのをなんとかこらえる僕。
信じろ。信じるんだ。
まだ、チャンスはある。
今度は――今度こそは絶対に、僕ならうまくやれるはずだから。
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