第113話 頼れる師匠 at 1995/7/13

「ふわぁあああ……」



 結局、いつ眠りについたのか覚えていない。朝から寝不足だ。


 なにげなく隣を見る。

 純美子の姿は、まだ、ない。


 その次の瞬間だった。




 パシィイン!!




 窓から差し込む初夏の日差しに照らされ、けだるげにまどろんでいた俺――僕の背中を渾身のチカラで平手打ちしてくる奴が突如現れたのだった。



「痛――っ!?」



 たちまち仰天して吊り上げられた魚のように椅子の上から跳ね起きる。


 と、振り返った先にあったのは、にやにや笑いを浮かべたロコの日に焼けた浅黒い顔だった。



「――にすんだよっ! いきなり平手打ちとか――!!」


「ガラにもないことしてるからだってば。モリケンのくせに」


「ガ、ガラにもないって……い、いいだろ! 僕にだって悩みのひとつやふたつあるんだよ!」


「それがガラにもない、って言ってんの。頭はいい癖に、こういう時はまるで馬鹿なんだから」



 僕がさすがにカチンときて言い返そうとする前に、ロコは肩から下げた学生カバンをぼとりと床に落とし、さっきまで僕がふて寝していた机の上に遠慮のかけらもない態度で腰かけた。



「か、勝手に座んなって!」


「こうでもしないと、また、ぐでー、ってやるでしょ? あんたのやることくらい、師匠のあたしにはまるっとお見通しだってーの。あ、、とかの期待は無駄だかんね」


「ちょ――!? パ、パンツとか! ばっかじゃねーの!?」



 とはいうものの、僕の目の前には短めのスカートに包まれたロコのお尻と太ももが鎮座しており、足をクロスさせて組んだその微妙な空き具合の三角形の隙間からは何かが見えそうで。



「……どーこ見てるのかなー? んー?」


「みっ! 見てないっ! ……つーの」


「なら、よろしい」



 ロコは腕を組み、むふー! と息を吐いて満足げにうなずいた。胸が強調されてむしろ目の毒である。



「で……なんだよ? 何か用かよ?」


「あんた、シブチンと喧嘩でもしたの?」


「………………なんでんだ?」



 我ながらあきれた大馬鹿野郎である。そんな聞き方しようものなら、自ら認めているようなモンじゃないか。案の定、ロコは大袈裟に肩をすくめてこれ見よがしに溜息をひとつついてみせた。



「いつも朝からイチャイチャしてる男子二人が、今日に限って口もきかない、だなんて、なんかありましたーって言ってるようなものじゃない? お馬鹿なあたしにだってわかるっつーの」


「……喧嘩してない。シブチンから喝入れられて、ぐうの音も出ないだけだ」



 あまりに図星すぎて、僕はむっつりとふてくされるのが精一杯だ。くすくすとロコは笑う。



「あんた、馬鹿なの? ケンタのくせに。あいつが意地悪で言ったんじゃないってことくらいとっくにわかってるでしょ? ぐうの音も出ない、って言いながら、どこか納得してないからそうやっていつまでもぐずぐずしてるんだよ。もっとカンタンに考えなきゃダメなんだって」


「でも……どうすりゃいい? どうしたらいいんだ?」



 と、突然、ロコは身をかがめて僕の耳元に唇を近づけた。



「弟子の不始末は、師匠の不始末。あたしがチカラになったげる。いーい?」


「え……!? それって――」



 聞き返そうとした時にはもうロコの姿は消え、入れ替わるように純美子が教室に入ってきたのだった。



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