第7話 『みんな』って誰だよ at 2021/03/30

「………………え?」


「んー? だーかーらーさー」



 誰だ、この女?


 肌ツヤといい服のセンスといい、他の連中に比べて格段の差がある。いわゆる男好きする顔と言ったらいいのか。しかし、その甘ったるい舌足らずな喋り方にはどこか聞き覚えがあったし、一見愛想よく微笑んでいるような偽りの笑顔にもかすかに当時のおもかげが残っていた。



「ちょっとー! あたしのこと、覚えてない、って顔してるじゃーん。ひどくなーい?」



 俺はペリエの瓶を勢いよくあおり、口の中で半ば溶けかかった錠剤を無理矢理飲み下した。



「……ちゃんと覚えてるって。桃月ももつき天音あまね、だろ? でもさ、なんで急にそんな話になった?」


「いがーい! モリケンってあの頃、女子にはキョーミない! って感じだったじゃーん?」



 四〇歳のおばさんがきゃあきゃあはしゃいでいる光景には相当厳しいものがあるが、元々童顔で小柄だったこともあって、今目の前にいる桃月なら一〇歳は若く――夜目なら大学生に間違われることだってありそうだ。メイクもファッションも洗練されていてよく似合っていた。



「それよりさー。さっきのウワサ本当だったのか、ここにいるみんな知りたがってるよー?」



 桃月天音。中学時代は学内スクール階層カーストの上位、いわゆるAグループのナンバー2だった女子。ほぼ最下層をさまよっていた俺にとっては、少し、いや、かなり苦手なタイプだった。



 今もそうだ。



 あたかも『みんな』と、まるでこの場の総意であるかのごとく言い放ち、ほうぼうに火種を置きまくってはあおって火を大きくする。このテの連中にとって、ウワサの信憑性なんてどうでもいいのだ。場が盛り上がって面白くなればそれでいい。当人がどう思うかなんて関係ない。



 しょせん、最下層のニンゲンなんぞ使い捨てのオモチャ、くらいにしか思っていない。



 だが、俺だって成長した。


 青い時代にカラダに染みついてしまった劣等感は決して消えないが、社交術や世渡りなんていう便利な手段にげみちを嫌というほど学んできた。この程度のことで動揺すると思ったら間違いだ。



「うーん……どうだったかな? いつの話?」


「あの頃だってー。同窓会なんだもん、中学二年の時の話に決まってるじゃーん?」



 ……よかった。

 やっぱり根拠も証拠もなにもない、ただの当てずっぽうか。


 そういえば、純美子も言ってたな――あの頃って、誰と誰が付き合ってるってすぐウワサになっちゃうでしょ? だから恥ずかしくって、ずっと本当のことが言えなくって――くそっ。まだ過去に引きずられている自分に嫌気がさして、苦笑いを浮かべながらこう答えてやる。



「ていうか、俺と河東さんじゃ釣り合わないって。だってさ、河東さん、今や人気の――」


「それは今の話でしょー? あの頃の純美子って、どっちかっていうと地味子だったしー?」


「………………あの頃もかわいかったと思うけどね」


「えー、なにー? ちょっとムカついてるっぽいじゃーん? やっぱウワサどおりなのー?」


「いやいやいや。今のはちょっとしたノリだって。俺は嬉しいけど、河東さん迷惑でしょ?」



 内心、俺のはらわたはごうごうと煮えくり返っていたが、まともにやりあっても馬鹿を見るだけだ。向こうは合っていようが間違っていようが失うものなんて何もない。ある意味、テロリストよりタチが悪い。俺は曖昧に笑うだけに留めて、相手にもせずにやり過ごそうとした。



「でも、アレだよね? 古ノ森クンって、恵比寿のマンションでひとり暮らしなんでしょ?」



 ――のだが、いつの間にか会話に参加してきた小山田がそんなことを言い出し、俺は思わず顔をしかめた。会場の奥を睨みつけると、渋田が両手を合わせてしきりに謝っている。おおかた、渋田か咲都子がついポロっと口にしてしまったんだろう。おしゃべりめ、余計なことを。



「ゲーム業界なんてまさに急成長企業じゃない。おまけに独身貴族なんてモテるでしょー?」


「実は、今でも純美子と付き合ってたりー? 純美子も都内でひとり暮らししてるって――」



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