第20話 最後の活動
オリンピックが始まり、テレビ中継を見ていると、画面の端っこにフィールドキャストのユニフォームが映り込む。ツイッターを見ていると、
「こんなにテレビの端っこが気になったの、初めてかも!」
という、ボランティア仲間の声がたくさん聞こえた。また、監督やコーチが映ると、アクレディテーションカードを首から提げている。これも、我々と同じ物を提げているという事で親近感が沸く。
ようやく、フィールドキャストの存在やユニフォームが認知された。俺がボランティアをやっている事を知っている数少ない知り合いから、
「どの競技でやってるの?」
とか、
「テレビに映ったか?」
などと電話が来たりした。母ちゃんからも。
「だから、俺は競技場にはいないから。」
色んな人に何度もそう言った気がする。
返す返すも、やはり競技場で活動をしてみたかった。別にテレビに映らなくてもいいのだが、オリンピックを肌で感じられる場所に行きたかった。俺が活動しているUACは、空調が効いていて快適だが、大会の雰囲気は感じられない。
そうか。勇樹君も俺も、その他比較的高年齢の女性達もそう。あまり体力の無い人がこの会場だったのだろう。おかげさまで熱中症で倒れる事もなければ、日に焼けてシミが増える事もない。日焼けは女性達が気にしているようなので。
そうして、とうとう最後の活動日がやってきた。7月27日。通い慣れたホテルからの道。俺はなるべくたくさん写真に納めようとした。またこの道を通る事はないかもしれない。少なくとも、今後わざわざ東京に来て、UACがあった場所を訪れるとは思えない。この坂も、このビルも、後になってすごく懐かしくなるのだろう。
いろんな人に、
「今日が最後なんですよ。」
と言って、ご挨拶をした。考えてみたら、毎日これほど多くの人と話をするのも、最近の俺の生活から考えたら奇跡だ。改めて、ボランティア活動をさせてもらった事はありがたい。
「清太郎さん・・・。」
今日は別のところで活動していた勇樹君は、仕事が終わる時間になると俺の所に来てくれた。
「勇樹君、たくさん世話になったな。元気でな。」
「うん。こちらこそ、お世話になりました。清太郎さんも元気でね。」
「ああ。」
なんだか、しんみり泣けてくる。
「おっちゃんは、勇樹君のブログを楽しみにしてるからな。これからもちょくちょく書いてくれよ。」
「うん。僕、いっぱい書くよ。このボランティア活動が終わったら、闘病生活のブログを書き始めるから。そんで・・・いつか、清太郎さんちのうどんを食べに行くから。きっと、また会えるよね。」
勇樹君もなんだか泣きそうだ。
「おっちゃんも、たまには東京に来るよ。だから、会えるよ。」
「ほんと?じゃあ、待ってるから。ツイッターで連絡してね。」
「ああ、連絡するよ。」
そうは言っても、きっとわざわざこの少年に会いに来たりはしないだろう、と俺はうすうす気づいていた。そんな事をしたら、やっぱりストーカーになってしまう。こんな老人が会いに来たって、実際には嬉しくないに決まっている。今は、ちょっと感傷的になっているだけだ。そんな風に、冷めたような事を考えるのは、年の功、いや、老害かもしれないな。
UACを出て、ホテルに向かった。明日は飛行機で高松に帰る。実家に帰ったら、しばらくはテレビでオリンピック観戦を楽しもう。それを楽しみに、帰ろう。
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