第16話 忙しい人
俺は考えるようになった。この先の目標を。俺の夢って何だろう。やりたい事は何だろう。たくさん生きて来たようでも、やりたい事を全部やったかと聞かれると、案外やっていない事が多い気がした。
そして、ふと思い至った事がある。3年前、定年退職をして、この先目標がないと思っていたが、オリンピックのボランティアをやろうと決めてからは、このフィールドキャストの活動が目標であり、夢だった。そしてこの2年間、ずっと夢を追いかけてウキウキしていたのだ。
今日は勇樹君と一緒にポロシャツの配布をした。
「Mサイズでお間違いないですね?3枚のお渡しです。」
「次はジャケットのカウンターへお進みください。」
次々に来る来場者、フィールドキャストの仲間達に、そう言ってユニフォームを手渡す。中には、
「その、あなたが着ているサイズは何ですか?Mですか?そっか。やっぱり僕もMにしようかなあ。」
などとその場で悩む人や、
「これ、洗濯出来ますか?洗濯するのは多分僕じゃないんで、奥さんなんでぇ、聞いておかないとぉ。」
なんて質問してくる(もしくは惚気てくる)人もいる。返事すらしない人もいれば、
「ありがとうございます!」
と、元気な笑顔で受け取る人もいる。忙しそうに去って行く人もいれば、我々と話がしたくてうずうずしている人も。
来場者が途切れると、我々も椅子に座って休憩する。
「大丈夫かい?疲れたらずっと座っていていいよ。」
勇樹君にそう声を掛けると、
「平気だよ。清太郎さんこそ、腰が痛くなったらいつでも座っていいよ。」
と、返されてしまった。
「ふはははは。」
「あはははは」。
と、2人して笑い合った。
「同じフィールドキャストでも、いろんな人がいるね。」
勇樹君が言った。
「ボランティア活動しようってんだから、基本的にはいい人だろう。」
俺は楽観的にそう言った。
「そうだね。でもさ、誰もが明るくて人当たりが良くてって訳じゃないんだね。」
「まあ、確かにな。人間ってのはさ、忙しいと心がトゲトゲしてしまうんだよな。急いでいそうな人ほど、無愛想だろ?」
「うん。でも、忙しい人はやる事がたくさんあっていいな。僕は忙しい事なんてないから。」
ちょっと心配になって勇樹君の顔を見ると、勇樹君はへへへっと笑った。
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