第265話『欠如』

 



 駆け引きが会話の中で最も重要になることが多々ある。

 商談などの取引をはじめ、相手から情報を引き出したい時にも。


 ゼントにとって今がまさにその時だった。彼に話術の才は無い。だが今が人生で最大の危機だとは認識できる。

 事件当日の詳細はもう自警団の資料で読んだ。しかし核心を突くような質問をしてもはぐらかされる。

 かといって正面から当たっても意味を成さない。精々主軸を外した質問でセイラの警戒を反らす必要がある。



「ライラについて、セイラはどう思う?」


 故に第一感として、現時点での最大の容疑者の名を挙げた。

 一つ前のやり取りで奴の名前は出ている、流れとしては自然だろう。

 するとどうだろう、セイラの様子は一変した。



「…………抜け目ないわね。とにかく計算高いという印象、さてどっちの彼女が勝つのかしら……?」


 相変わらず地面でだらしなく寝そべっているが瞳の在り方が明らかに変わっている。

 口調もこれまでの粗忽さが嘘のように切り替わって人が変わったよう。それと一つ気になる発言が……



「ん? “どっち”って、どういう意味だ?」


「ん、そんなこと言ったかしら? まあ細かいところは気にしない気にしない」


 茶番のようなやり取りが水のように流されていく。いつもの譫妄の内の戯言だと思って深くは追及しないが……

 それにしても自分が見ないうちに二人の間で何かがあったのだろうか。

 今しがたのセイラの口ぶりは、まるで敵対しているかのような剣呑さすらあった。


 何故突然頭が覚めたのか、奴の話になってから唐突に。きっと何かの要素がセイラを刺激したのだ。

 この路線で攻めてみるのはいい考えかもしれない。そう思ってゼントは同じような質問を繰り返す。



「他には? ライラについて何か感じたこととか気が付いたこととかは無いか?」


 傍から見てこれは偏に彼女のことが気になっている人ではあるまいか。

 自分から言っておいて、果たしてこれが意味のある質問なのか分からなくなってしまった。



「ねえ、あの娘のことばっかり聞いてこないで私のことについても聞いてよっ」


 純粋に他の女の話をされるのが嫌なのか、あるいはゼントの意図するところを察してあえての妨害なのか。

 そこに理知を取り戻した彼女は居なかった。甘えるような猫なで声を発してお願いしてくる。

 このまま無理に続けても機嫌を損ねるだけ、話をいい感じに戻すためにも内容を変えた。



「分かった、じゃあ折角だから……セイラの出身は? 資料は見たけど詳しくは載ってなかったから」


「ここからねー、北西に少し行った町、家出してここまでたどり着いたの……」



「ちなみに、家を出た理由を聞いても?」


「親の言いなりになる日常に退屈してたの。欲しいものが簡単に手に入って、苦労のない世界に」


 それは随分と……贅沢な悩みだと思った。もしかしなくても富裕層の家の出身なのだろう。

 恵まれた環境を自ら捨てるなぞゼントは到底理解ができない。その思考で今までずっと協会で受付嬢をしていた理由も。


 それにしても敢えて答えにくい質問をしたつもりだったが、セイラは特に渋る様子もなく話してくれた。

 やはり事件の重要な箇所に関してだけ答えてくれないのか、何者かに口止めでもされているかのように。



 でもこんな会話を繰り返して、二人は親睦を深めていった。

 不思議なことに、この一連の出来事を通して二人の仲は最も接近していたことだろう。


 しかし数日後に死ぬかもしれない人物を深く知ってどうするのか。

 いや、この時ゼントの中では既に心が決まっていたのかもしれない。ただ決断を下す境界が曖昧になっていて、最後の一歩が踏み切れなかっただけ……

 時間は無為に、そして残酷に過ぎていく。カイロスとのやり取りも忘れてはいない。だがもう他の手が見つかりそうになかった。



「ゼント、私のことを助けたいと思ってる……?」


「そりゃもちろんっ! 冤罪で死なせるなんてこっちが死んでも御免だ!」



「じゃあ、私のこと、好き?」


「何をいきなり…………でもまあ、付き合いという中での好意は少なからずあるだろう」


 話が弾んできたところで謎の質問返し。今の彼女では脈絡が無いのはよくあることだったが、それにしても今回のは異色だった。

 また少し、いつも通りのセイラを取り戻したか。だがしばらくするとまた留まることを知らず、また突然すぎる言葉を放り出した。



「……ゼント、今日はもう帰ってくれていいわ」


「え、なんでいきなり……次から次へと訳が分からないぞ」



「いいから、一人で考えたいことがあるの」


 様子がおかしいのは今に限った話ではない。でも今回のはおかしいの方向が違う。

 何か気分を害するようなことを言ってしまったのだろうか。であれば今すぐにでも頭を下げるのだが。

 しかし彼女を見ると特に怒った様子も感じられず、かといって食い下がると不快感を与えかねない。



「……分かった、じゃあまた明日……」


「ええ、また……」


 まだ話してないこと、話したいことが山ほどあるのに、半ば追い出される形でゼントは地下牢を去らざるを得なかった。昨日であれば喜んでいたものを。

 突然へんなやり取りが始まったかと思えばこれだ。セイラの中で一体何があったというのだろう。

 情報を話してくれる気になったかと思えば違う。彼女の思考がどうであれ、事態が好転してくれるように祈ることしかできないのもむず痒かった。

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