第249話『猜疑』
ゼントが協会の奥へ入っていくと、応接室に案内された。
なんだか比較的安易に使われる部屋だが、本来は帝都から来た上級役人をもてなす場所。
一介の冒険者が使うには家具や置物の過分な装飾で、むしろ浮足立ってしまう。
だがゼントが不安を感じたのはそのためだけではない。最近の読めないセイラも言動で存外に翻弄されていたのだ。
ゼントを椅子に座らせ後から入室するや否や、セイラはこっそり部屋の扉に鍵をかける。
単純に他人に聞かれたくないのか、あるいは他に明確な意図があるのか。
その事実を自分以外には知らせず、何食わぬ顔で腰掛けると落ち着いた笑みを取り戻しゆっくり話しかける。
「それでゼント、話って何かしら」
「もうおちゃらけるのはやめにしないか?」
「昨夜ゼントに伝えたことなら、なにか必要な話があるとは思わないけど?」
「俺の今一番の疑問は、その情報を持っていながら何故カイロスや自警団に教えなかったのかってことだ。何より貴重な調査材料だろうに」
殊の外、セイラの言動には矛盾があった。昨夜の件に本当に問題が無いと思うなら、わざわざ取り合うことも応接室へ案内することも無いだろう。
「あれは私が独自の法則を導き出した大体の場所でしかない。まだ問題があってね、大まかな場所は分かっても具体的な箇所までは特定できないの。素人の安易な計算を提示しても、かえって向こうを混乱させるだけだと思ったから……」
しかしその返答でもゼントには疑問が残る。カイロス曰く、今回の一連の襲撃事件は何も手掛かりが残ってない。
それはセイラも独自で調べているのなら理解しているはず、まだ予想の範疇だったとしても些細な手掛かりを提供するのは悪いことではない気がした。
好奇心を消化するべく、もう少し聞き入ってみようと片足を突っ込む。
「でも今回のは場所までぴったりだったじゃないか……? それはもうほとんど分かっているんじゃないか?」
「それは……あくまで予想で言っていただけ、でも少なくとも今回で法則が完全に分かったわ。次からは完璧に予想できる」
「えっと、それは今までは、つまり昨夜の情報は当てずっぽうだったと?」
「それは違う。私があなたに不確かな情報を渡したのは、騙そうとかそういうわけではなくてね。ただゼントに安心してほしかったの。それはゼントの家は絶対に襲われないと断言できたから。これはさっきも言ったけど大まかな場所なら分かっていた」
一瞬変な空気になりかけたが、セイラの冷静な切り返しで難を逃れる。
では最後に純粋に疑問をぶつけようではないか。
「……もしよければその法則とやらがどういうものか教えてはもらえないか」
「興味本位で聞いているのなら絶対やめて、必要以上に頭を突っ込むと取り返しのつかないことになるわよ」
突然、眼には剣呑さが灯る。先程とまるでは別人のよう。
驚き眉を顰めるも、しかし聞いておきたい事があるためゼントは引けない。
「いや、純粋に必要なんだ。今までの場所はただ相手の気まぐれで偶然だったかもしれないだろ。それに言ってしまえばまだ四ヶ所しか事件が起こってない? 例外が突如として起こらない保証がどこにある?」
「ゼントはそんなに私が信じられないの? 相手の狙いは精密で例外なんてありえない。これはもう運命のように初めから決まっていることなの」
そんな大それた話をされたところで、根拠もなければ信じられないだろう。
ゼントはあと少しのところで納得できない。決してセイラを信頼してないわけではないが……
昨夜の話だって、今考えれば何故信じたのか分からなくなった。少なくとも協会が出した通説と考えていたから信じて従った節がある。
しかし今回は信じることは、即ちセイラという人物単体に信頼を寄せなければならなかった。
彼女自体を信じるなら簡単だったのだが、完全なる信頼を預けるには一抹の不安が拭い切れない。これはまどろっこしい理屈ではなく純然たる直感だ。
場合によっては命がいくつあっても足りない。慎重になるのは当然だろう。
だから、安心するために少しでも情報が欲しかった。しばらくの間考え込んで、再び質問をする。
「…………じゃあ最後だ、昨夜手は打ってあるといったが、その手とはいったい何だったんだ? 個人でできることなど限られているだろうに」
「それは悪いけど秘密、ゼントが知る権利も私が教える義務も無いわ。だから残念だけど諦めて、少なくとも被害者が出ないように尽力しているのは確かだから」
なんと曖昧な回答だろう。秘密されたところで決して不審になる必要はないが、しかし良い回答を期待してしまっていたがためにその反動は大きい。
それに未だちょっと不気味な要素が。彼女と相対した時、また違和感があったのだ。今度は逆で、比較的いつもの凛としたセイラだったという。
違和感が無いのが違和感、これまた変わった現象だが……単に体調が安定したと思っていいのだろうか。
「うーん……」
一旦初心に帰って頭を冷やした方がいいのかもしれない。慎重になるがあまり本質が見えてないのやも。
しかし落ち着いて考え込んでも答えが出るわけでも無かった。
結局、町の外へ出ても安全という保障もなければ、足踏みをするしかない現状に絶望するしかないというのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます