第220話『円満』

 



 それから間もなく、ゼントはライラに連れられるがまま依頼の地へと向かった。

 道中の長閑な空気も心休まる人時には違いない。不安があったとしてもそれは僅かだろう。


 そう思っていたのだが、一つ驚いたことがある。それはライラが受けていた依頼のせい。

 移動していく最中にだんだんと見たことがある道を進んでいく。そして行き着いた先は町の東に位置する森。

 ……ゼントとライラが初めての共同作業でやってきた所だった。加えて仕事の内容もあの時と全く同じ。



 でも確かにこれなら簡単な依頼だ。簡単すぎるともみられるが文句はそう多くも言えない。

 そして、ここまで歩いてきてようやくゼントは口を開く。むしろ彼にとってはこっちが本題。


 いつもより口数が少なかったのもずっとそのことに焦がれていたから。もはや病的である。

 今までの道のりでは人の姿がちらほらあったから言わなかったものの、ここなら完全に人の気がない。故に声を大にして言い出せた。



「――それじゃあ、約束通りに頼むよ」


 まるで非合法の取引でもするが如く、緊張を持って彼は言葉を口に含む。

 期待と歓喜を胸に秘めて、真っすぐに先導していたライラを見つめた。



「はい、これでいい?」


 呼吸を整えて身構えていたにもかかわらず彼女は無造作に浮薄、そして軽々しく懐から物を取り出して銀の髪留めを頭に付けた。

 途端に見違えたライラの姿が目の前に現れる。見せびらかしてくるわけでもなく、ただただ可憐な少女が居た。


 黒の髪を耀かがよわせて、同時に視界の端過ぎない場所で銀が質朴に絢爛と輝く。

 美しく揺れ動く心は未だ甚だしく、ゼントは思わず口をだらしなく開けていた。



「「うん」」


 二人はほぼ同時に声を漏らし満足げに頷く。片や逸脱したライラの容姿を眼下に捉えて恍惚。片や恋する相手が己に惹かれるを大いに喜び、抑圧されていた笑みを零して。

 互いの動きが互いに相乗効果を齎し、ますます二人の顔には口元の綻びが見える。

 間にちょうど人一人が入るくらいの距離を保って。しばし流れる悦びの時間が刻一刻と過ぎてゆく。






 数分くらい、下手をすれば数十分ほどの時間が経っていた。

 初めに中断の声を上げたのはゼントだ。

 ここへ来た目的はあくまで仕事のため、髪飾りを付けたライラを拝むためではない。軽く咳払いをして冒険者としての本題に戻す。適当な話題でさりげなさを出しながら。



「あ、えーっと。ところで、仕事内容は分かるんだが、なぜこの依頼を受けた?」


「だって誰も受けてなかったから」



「……だから選んだのか。まあいいや、取り掛かろう」


 誰も受けないのは当たり前だった。これは本当に初心者向け、しかも何かしら問題が起こった時の救済処置として常時設置されている依頼。報酬なんて二束三文で、好んで受ける者などまずいない。

 しかし、だからこその最適解でもあった。絶対に人がいないからこそ、二人きりにもなりやすい。


 ――そんなこんなあって、二人が本格的に仕事に取り掛かったのは、目的の場所にたどり着いた小一時間ほど後だった。



 ◇◆◇◆




「――そういえば、ライラ。あの時いきなり俺の目の前から消えただろ? あれはどうやってやったんだ?」


 それは目的の薬草を採るため、二人で絶壁の岩山に登っている時のこと。

 ずっと高所の作業で疲れが溜まる。質問は気を紛らわすためでもあったのだろう。



「あれは……ただゼントが私を見失っただけでしょ。どうやったもなにもない」


 何度も理解させられながら尋ねる方も学習しているのかいないのか。

 返事を聞くに初めゼントは、“そうか、またはぐらかす気だな”と直感で思った。身の回りで起こる不思議な現象はいつもそうだったから。

 しかし、そのあと聞こえてきた耳元で囁かれるような声もそう。あんな芸当は常人にはできない。


 と、そこまで考えたところで、彼女は常人ではないことを思い出す。以前稽古した時に目にも留まらぬ速さで圧倒されたことを考えれば、目の前から刹那の合間に消えるのも無理な話ではない。

 しかし

 それによく見れば、ライラははぐらかしている様子もなかった。きっと彼女の中では心底当たり前のことを言っているつもりなのだろう。



「――じゃあ、前回は速攻で薬草を採ってきていたよな? 今見ると籠にそんな溜まってないように見えるんだが……」


「あの時は……たまたま探し始めてすぐに群生地を見つけた」



「籠がすぐいっぱいになるほどの?」


「そう」


 今度は別角度でライラのことを探ってみるが上手い理由で返される。だがゼントは一瞬の言い淀みを見逃さなかった。

 しかし少し怪しくても、別に薬草の採取速度で何がわかるわけでもない。詮索できるところもないのでしばらく押し黙った。




 かくして依頼は不穏な会話も織り交ぜながら、順調にかつ滞りなく進んでいく。

 初めての時と今を見比べながら、今のライラは焦りもなければそこからくる無断行動もない。

 ゼントはつくづく成長を実感していた。このままいけば、いや今のままでも十分に上位の冒険者になれると。


 でも、だからこそありとあらゆる不安の払拭もしたかった。

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