第198話『忌憚』
――ユーラのその異常な行動力は、ゼントも察知するところだった。
いつも必ず一緒にしてきた食事を隔てさせてきたのが何よりの証拠。
しかし何故そんな行動をとるのかだけが分からなかった。
「ユーラ、そこまで神経質にならなくても大丈夫だよ。自分の気持ちくらい自分で制してみせる」
「ダメ!! お兄ちゃんはそういって無理しちゃうんだから。ユーラはずっとそばにいたからわかるの!!」
「そんなことは……」
「それにこれはお兄ちゃんに無理してほしくないっていう我儘なの!! だからいいでしょ!? 」
やんわり拒絶すると突然、ユーラはいきり立って反論してくる。ある種の不信とも必死とも思える言動。
落ち着いてほしいと宥めたが勢いが弱まることはなく、にじり寄られ圧倒されながらゼントは後ろに下がっていった。
「――ユーラ、頼むから落ち着いてくれ……分かったよ、俺が悪かったから」
「……それならいいよ。早く部屋に戻ってね」
埒が明かないと妥協し己の非を認めると、驚くほど素直に彼女は引き下がる。
しかし一旦は収まってくれたものの、追撃はまだまだ止まらない。
「ところで、外であの黒い人となにをしていたの?」
「次の仕事の話だ。しばらく行く気はないが…………」
「――他には?」
「……後は世間話を少々」
「本当にそれだけ?」
「ああ」
するとユーラはようやく納得してくれたのか、無気力に相槌してくれた。
別に嘘は言っていない。しかし彼女は気だるげに見せながらもいつまでも疑り深く目を細めて見てくる。
その見せたこともない鋭い視線は、心を切り裂いて中までも覗き込もうとしているようだ。
何が気に入らないのか、彼女はしばらくご機嫌斜めのご様子。時間が経過してほとぼりが冷めるのを待とう。
ゼントは一先ず従順を装って部屋の中に戻るが、当然諦めていなかった。たった壁一枚のために一日を無為に過ごすわけにはいかない。
かといって手紙を渡そうとしたり、他にも怪しい行動をしたりすればユーラを逆なでするだけ。
そもそも彼は読み書きができないのでこの手は使えないのだが……
うなされるほど悩んだ末に――ゼントは出かけることにした。
困難に立ち向かうことも大事だが今回ばかりは効率が悪い。ならば場所を変えて簡単にできることを成すべきだと。
ジュリの様子は心配だが、ユーラがきっと面倒を見てくれる。そう思って外出を決意できた。
行動は早く、すぐにいつもの外套を羽織る。だが準備を進めているとそれを見たユーラが必然的に止めに掛かってきた。
気分転換に外に出て協会へ行って戻って来るだけ。そう伝えると彼女は何か言いたそうな顔をしている。しかし口を噤み、顔は膨らましても強く反対してこなかった。
言動に違和感は募るが、それでも居心地の悪い場から抜けたいという気持ちも僅かにあって。
行先と帰って来る時間だけを簡易に告げると、申し訳ないとばかりに恭しく頭を下げて、留守を任せて家の外に飛び出してしまった。
一つ前にも触れたが行く当てもなく、というわけではない。しっかりと頭の中で計画は練られていた。
まずは協会に行くのだ。カイロスへの説明もすっかり放り出してしまっていたから。
相変わらず顔を表立って見せることはせず、のんびり早歩きで目的地に向かった。
「――おいおい、どうしたその顔は。あれから数日も経ってねぇって言うのに、何ていう有様だ」
「……そうかもしれないな」
開幕一声、協会の門をくぐると腐れ縁ともいえる者の声が聞こえてくる。
若干の嘲笑を籠めて気さくな笑いを見せるカイロス。しかしその顔から垣間見える本心は、ゼントが心配でたまらないといった様子。
彼も苦笑いで皮肉めいた応戦する。口調が似ていることからも分かるように、互いに余計な言葉はいらなかった。
中に屯する冒険者は疎らでいつもよりも少ない。職員の仕事も暇そうではある。
カイロスの隣にはいつも通りセイラが事務作業をしていた。しかしゼントが居ると分かると、すぐに手を止め視線を向ける。
「――で、今日はどうした? 新しい仕事なら新人のライ……あ、いや、お前の相方が漁っていたみたいだが……」
相方という言葉を聞いて少し怯む。ライラのことだとは言うまでもなく。
敢えて回りくどい言い方をしたのはゼントに配慮したのと、少し前にあった彼女との悶着が関係している。
それにしても相方、とな。彼女との関係は定まったものではないが、少なくともカイロスの中ではそのようになっているのだろう。
少し、いや、かなり内心動揺していた。ライラと強い結びつきを得てしまうことに。
しかしどこからそのような感情が出てくるのかは知るところではなく。
まだ恋人を愛してないと言われたことが尾を引きずっているのかもしれない。
己の中では愛しているはずだった。でも誰かから言われたその言葉に、強く言い返せなかった。
強い意志を保てるのならばこんなことにならなかったはずなのに。
「そうじゃなくて、サラのことについてなんだが……」
ゼントは心の中が目も当てられないほどぐちゃぐちゃになっていた。しかし表には見せず、何とか今日の要件を伝える。
するとカイロスは何かを思い出したように手の平をポンと叩いた。彼はどうやら忘れていたらしい。
協会を取り仕切り長にしては抜けているが、それも親しみやすさの一つなのだろう。
余計な心配をかけていなかったのならちょうどいい。
ゼントはこの間に説明できなかったことを話そうとした。
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